短編映画『はりこみ』(主演 池田香織)
【張り込みは退屈だ】
昔、あれは未だ学生の頃だったと思うが、大学体育会の先輩に言われて張り込みというか、刑事用語でいうところの「行動確認」、いわゆる「こうかく」をした──1日中とある女性のあとを追った──ことがある。
その女性とは先輩の彼女なのだが、先輩が言うには、最近態度がよそよそしいので、ひょっとしたら浮気をしているかもしれない。お前はその可能性を探れ、と私に命じたのである。
当時はストーキングなどという概念もなかったとはいえ、現行法なら犯罪にも該当しそうな行為だから私も断るべきだったかもしれない。だがなにぶん50年近く前のことだ。あの時代の体育会は先輩の命令は絶対だったのだ(ご容赦いただきたい)。
にしても、絶対服従の硬派・体育会を気取るわりには、その命令の理由がいかにも情けない──そうは思ったものの、そんなことは当時は言えない。もっとも私も、ドラマなどで見る刑事の真似事ができると思い、嬉々として引き受けたのだった(重ねて言うが、倫理観が今と違ったのでご容赦願いたい)。
ところがいざやってみると、現れないかもしれない男の影をただ待つという行為は、限りなく退屈だった。最初こそ、他人のあとを追うのはスリリングだったが、フツーの人は白昼に自分が付けられているなどとは思わないから、すぐ後ろに付いても全然気付かない。よって、そのスリル感は直ぐに薄れた。
するとあとは、その一つひとつの行動が「こうかく」の対象に振り回され、主体性なく動かされるのでストレスだけが溜まるのである。
このショートムービーでも、その退屈とストレスを埋めるべく、刑事たちはとりとめもない会話を全編にわたり延々と続ける。たとえば、こんな具合いだ。
「腹が減ったな」と年かさのベテラン刑事が呟く。
「そうっスね。この辺にコンビニとか、ありましたっけ?」と若手の刑事。
「あったよ、広い道に出たところに」と中堅どころの女性刑事が言う。
「あそこまで結構ありますよね」と若手。
「大したことないよ」と女性刑事。
「…ですかね。じゃあジャンケン、ポ…」と若手刑事が手を上げると、「え?」とベテラン刑事と女性刑事。
「えって、ジャンケンで負けた人が行くんですよね?」と若手。
「馬鹿、お前が行くんだろうよ」とベテラン。
「いや、ちゃんとジャンケンで決めましょうよ」
「ちゃんとお前が行けよ!」とベテラン刑事と女性刑事が声を合わせる。
ちなみに、私は一日中、渋谷・原宿あたりを歩かされたあげく、一人暮らしの彼女の家の前で夜遅くまで張り込んだが、男など一向に現れなかった。
画像引用元 Amazon Prime Video YouTube

