小説『スプートニクの恋人』(村上春樹)
【記号と象徴の違い】
「再読なんだよね」
「へー、そうなんだ。最初に読んだのはいつ?」と君は訊く。
はて、いつだっけ。おそらく二十年以上前だ。どんな話だったのかも全く覚えていなかったくらいだから……。
「ついでに言うと、今回は村上春樹の最新刊『夏帆』と同時並行で読んだ」
「なんで、また?」
意図してそうしたのではない。たまたま本作を読み直していたら、『夏帆』が刊行されたので、結果として並行して読むことになったのである。私は普段から本は五、六冊を同時並行で読むから、たまたま村上春樹の本がそのうちの二冊を占めたというだけのことだ。
「えっ、こんがらがらない?」と君は怪訝な顔で言う。そんなのは村上春樹に対する冒涜だと言わんばかりに。
「ならないよ、違う話だもの。小学生だって一日に6時限分の教科書を読んでも平気だろ?」
「ふん」
と鼻で笑った君は「で、どっちが良かった?」と訊く。
「人それぞれだろうけどね、個人的には断然こっちだな」
この作品には作者の小説によく出てくる不可解なもの──シロアリの女王も出て来なければ、騎士団長もかえるくんも羊男も登場しない。
「そういうのが出てくるから、ハルキは面白いんじゃないか」と、君は鼻の穴を膨らませる。
たしかにそれらは村上作品を象徴するものではあるけれど、記号にはなり得ない。記号なら、「村上作品=かえるくん」であり、「かえるくん=村上作品」になってしまう。
「ひとつ発見があったよ。『夏帆』に「モーターサイクルの男」って出てきたでしょ…」
「ああ、守護天使界のジャック・ケルアック」
「そう、ジャック・ケルアックこと佐原。奴の原型って、この小説に出てきたフェルディナンドじゃないかな」
「フェルディナンド? ああ、あいつね」。もちろん覚えているさ、とばかりに君は頷く。
フェルディナンドとは、本作のキーパーソンであるミュウが、若い頃訪れたスイスで出会った中年男である。小さな街なので、二人はたびたび顔を合わせるが、そのうちにミュウは自分に対する性的な下心をその男に感じ取り、嫌悪する。
だがあるとき、たまたま乗った観覧車から、自分の泊まっている部屋を双眼鏡でのぞき込むと、なんともう一人の自分がフェルディナンドとベッドの上で絡み合っているのが見える。彼女はそのショックで髪が真っ白になってしまう──。
一方、夏帆も「君みたいな醜い相手は初めてだよ」と言った佐原を嫌悪し、彼の乗るBMWの単車の排気音に怯える。が、実は彼は夏帆の守護天使なのだ。
「いや、全然違うじゃないか!」と、村上春樹をハルキと呼んじゃう君は怒り出す。
だから、モーターサイクルの男・佐原もフェルディナンドも村上作品の象徴であって、記号じゃあないんだってば!

