新書『名画で読み解くハプスブルク家12の物語』(中野京子)
【政略結婚の闇(ハプスブルク家のお勉強その3)】
12の名画をもとに、ハプスブルク家を語る趣向の新書である。過日読んだ江村洋の『ハプスブルク家』を違う角度から復習することにもなって面白かった。
江村の『ハプスブルク家』を読んだ際に、同家の家訓とも言うべき「他国は戦わせよ、汝幸いなるハプスブルク家よ、結婚せよ」はとても美しく思えた。互いの血を流し合う戦争ではなく、愛でもって平和的に650年もヨーロッパに君臨したのは素晴らしいことだと…。
だが同時に、天邪鬼の私は「本当だろうか」との疑念が脳裏をかすめたのだった。実際のところ、「一度も戦争をしなかった」というわけでは無かったようだし、たとえ婚姻によって支配力を形成していったというのは事実だとしても、そこにあるのは「愛」ばかりではなかったに違いないと思ったのだ。
そもそも、当時のヨーロッパでは長子相続の原則(但し男子が優先)があったとされる中で、自分の娘を他家に嫁として差し出すことの意義を見出せないではないか。
つまり娘が嫁いだ家で男子を産めば、その子にその家の領土は相続されるだけだ。ハプスブルクには何の得もない。だが、なぜかハプスブルクの娘が嫁いだ先では男子が生まれても早死にしてしまう。おまけに夫すらも何故か死んでしまう。男が居なくなれば、その家の領土は嫁(ハプスブルク家の娘)のものになる。
娘の嫁ぎ先ばかりではなかったはずだ。息子の嫁の実家でも、同様に男が次々と早死にすれば、その家の領土はハプスブルク家に嫁いできた嫁のものになり(それと同時に統治権はハプスブルク家の夫が持ち)、いずれその嫁との間で男子が生まれれば、所有権もハプスブルク家のその子に相続される。
最初は、そうした領土拡大はたまたま運よくもたらされたのかもしれない。しかし、程なく気付いたのであろう。婚姻相手の家の男子を人為的に(つまり暗殺して)根絶やしにすれば良いのだと。たしかに、戦争をして領土を獲得するよりも、桁違いにコスパが良い。
本書で著者はそうしたことを明示的に記しているわけではないが、暗にほのめかしてはいる。
例えばマキシミリアン1世が、息子フィリップ美公をスペイン王女ファナと、娘マルガレーテをスペイン王子ファンと結ばせた二重結婚である。その結果、スペイン王子ファンが子を授かる間もなく早死にしたことから、フィリップとファナの子(すなわちハプスブルク家)にスペイン王家の領地が転がり込むが、著者はどう考えても都合が良すぎると指摘する。
だが当然、そうしたカラクリはハプスブルク家以外の者も気付くはずだから、きっとこの時代、暗殺は跋扈していたに違いない。事実、フィリップ美公も数年後に突然死する(疫病が原因らしいが実際はどうだか…)。
著者が言うように、「他国は戦わせよ、汝幸いなるハプスブルク家よ、結婚せよ」の闇の深さを垣間見る思いである。

