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映画『スパゲティコード・ラブ』(主演 倉悠貴 三浦透子 清水尋也ほか)

映画『スパゲティコード・ラブ』(主演 倉悠貴 三浦透子 清水尋也ほか)

【きっと音はするはず】

「誰もいない森の奥で一本の木が倒れたら音はするか?」という問いかけから映画は始まる。意味深である。

「倒れれば音はするだろう、誰もいなくたって」と貴方は言うかもしれない。私もそう思った。

だが不正解だ。なぜなら、と登場人物の一人がしたり顔で言う。

「音というのは、物理現象で言えば単なる振動だから。それが聴覚神経を刺激して、電気信号として伝達されたものを脳が認識して、初めて音になるってわけ」

なるほど。つまり、その振動を音として認識できる脳がなければ、さらに言えば脳を持つ人間がそこに居なければ、音は存在しないってことか……。

舞台は東京だ。そこは、夢を叶える場所であると同時に、夢破れる場所でもある。多くの人は残念ながら後者だろう。この映画に登場する若者たち──フードデリバリー配達員、シンガーソングライター、広告クリエイター、カメラマン等々──も皆、そのご多聞に漏れない。

彼らは必死になって戦っている。強がりながら、ときに自分を必要以上に大きく見せようと鎧を着こんで。そして無駄に戦って、あげく無駄に敗れているように見える。その結果、生きる意味を失って、

「なんのために生きているんだろう?」と嘆く。

私の周りにも「なんのために生きるのかなんて考えたこともない」などと鼻を膨らませる大人がいるけれど(私も普段は考えないけれど)、目的を失い、生きる理由が無くなったとき、初めて人は「なんのために生きているのか」を考えるのだ。すでに小さく出来上がってしまった大人には考えることが出来ない、若者だけの特権かも知れない。

「なんのために……」はまさに一本の木が倒れる瞬間である。東京というところは、木はいっぱい立っているけれど、そのうちの一本が倒れても、その音を聞いてくれる木はいない?

いや、そんなことはあるまい。東京にだって聴覚を持った人間がいるはずだ。あんなに人がいるのだから。たとえ夢を叶えられず、生きる目的や意味を見失っても、倒れる音を聞いてくれる人は必ずいる。

そして、その音を聞ける人間こそが自身の存在証明にもなるだろう。きっと彼らは支え合って生きていける──映画のラストはそんな希望を感じさせる。

ちなみに、「スパゲティコード」とは、解読困難なまでに複雑に絡み合ったプログラミングコードのことだそうな。

画像引用元 TELASA 東京国際映画祭 映画『スパゲティコード・ラブ』公式サイト

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