映画『終わった人』(主演 舘ひろし)
【雇用延長制度を考える】
途中と最後にあったセリフ──禅僧・良寛和尚の辞世の句「散る桜、残る桜も散る桜」──が印象的な映画である。
今回は、映画の中で特に問題提起があったわけではないからやや唐突ではあるが、日本の雇用延長制度について考えてみたい。結果としてこの映画を考えることにもなるだろう。
どの企業もこの制度がうまく機能していないように思える。私自身はその制度を活用する前にサラリーマンを辞めてしまったので、よく理解しているとは言い難いが、定年と同時に一旦退職扱いとなるものの、その後は同じ会社に65歳まで勤め続けられるという制度ではなかったか──(もちろん国の年金受給年齢の引き上げという切実な問題が絡んでいる)。
それまでの肩書も権限も責任もなくなり、給料は二分の一から三分の一になるようだ。中には従来と変わらぬ仕事を任されて、権限はないが責任は相応に求められるというケースもあれば、大した仕事を与えられず、ただ毎日そこに居ることだけが求められるというケースもあると聞く。
普通なら「馬鹿々々しくて、やってられねえ!」となるはずだが、改めて職探しをするよりはマシということで続ける人も多いらしい。
こうした現状に対し、定年制度そのものが日本特有でおかしいのだと言う意見もある。欧米では年齢を理由に退職させてはならないのだそうだ。これはたしかにもっともらしい意見である。本邦も定年制度を失くせば、雇用延長などという取ってつけたような制度も要らないというわけだ。
だが、そうなると上がつかえて若い者のやる気がなくなる!と指摘する声もある。したがって、定年制度の廃止には、年齢にかかわらず能力に応じて権限と責任を与えるという「能力主義」の徹底が不可欠だ!と、これまた正論を言うわけだ。
とはいえ、いくら能力があっても寄る年波には勝てないのである。遅かれ早かれその日はやって来る。まさに「散る桜、残る桜も散る桜」である。
自分では気づかないうちに能力の劣化が進み、ある日突然、「終わった人」だと第三者に指摘される──それよりは、定年という強制的な区切りで将来を考える方がひょっとしたら幸せなのかもしれない。
退職後の人生などほとんどの人は漠然と想像してはいても、間近になって初めて真剣に考えるのではないだろうか。してみると、雇用延長制度というのは、国の年金制度にとって必要というよりは個人にとって将来を考えるモラトリアムとして機能させるべき制度なのかもしれない。
画像引用元 MOVIE WALKER PRESS

