映画『MERCY マーシー AI裁判』(主演 クリス・プラット)
【こんな社会は嫌だァ!】
今日びAIという言葉が耳や目に触れない日はない。それどころか、たとえば50面近くある新聞でAIという言葉が載っていない面を探す方が大変だ。
そんな中で過日、とある企業が人事評価にAIを導入するという記事を見かけた。これまでの人間による評価ではどこか曖昧で濃淡のあった部分がAIならすべてクリアに公正な評価ができ、管理職らは事業により専念できるという内容だった。やれやれ、こんな時代にサラリーマンをやっていなくてよかったぜ。
AIが人事評価をするのが当たり前になれば早晩、同じ理屈──すべてクリアに公正な審判ができる──でAIが裁判を担うようになるのだろう。本作の設定はあながち絵空事ではないように思う。
物語は、妻を殺害した容疑で主人公レイヴンがAI裁判にかけられるところから始まる。そこではAIマドックスが裁判官と陪審員と執行官を兼任するという。AIがすべての情報にアクセスできるのはもちろんだが、被告もまた自らの弁護のためにアクセスする権利が与えられる。ただし、90分以内に証拠を示して有罪率の判定を92.5%以下に下げないと、直ちに刑は執行される。
結果として、裁判の迅速化が図られ、犯罪の発生率も低下するという触れ込みである。
恐ろしいことである。ドイツの天才哲学者マルクス・ガブリエルが「AIの背後には必ず人間がいる」と言ったように、AI裁判官の判断基準も、AI人事評価の評価基準も特定の誰かの意志が強く働いているのだ。
ネタバレになるが、本作のAI裁判官マドックスは終盤なぜか人間的な判断を下し、レイヴンを助けてメデタシ、メデタシとなる。だが現実の世界では、AIには情状酌量などという言葉を理解できないだろう。
公正という美名の、融通の利かない判断基準によって、会社も社会も人々もどんどん均質化されていく──。為政者はそれで満足に違いない。
恣意的な人事評価に文句タラタラだったサラリーマン時代の私だが、だからと言ってAI裁判はもちろん、AI人事評価もまっぴらごめんである。
画像引用元 映画.com

