映画『夏の砂の上』(主演 オダギリジョー)
【私の伯父さん】
あの夏、母が急に私を長崎の伯父に預けると言い出した。暫くの間だから心配するな、とも言ったが当てにならないと思った。
母が付き合う男の甘言にほだされるのは毎度のことだ。今回は男の持っている博多の店を任されるのだそうだ。軌道に乗ったら迎えに来ると言う。私はまた棄てられたらしい。まあ、いいか。どうせ私は高校にも行かず、毎日することもないのだから。
伯父の家に着くと(あのときはたまたま伯母もいたが)、どうやら伯母とは別居しているようだ。伯父の勤めていた造船所が潰れて、彼も毎日暇を弄んでいる。煙草を吸ってばかりだ。
伯父には子供がいたようだ。何年か前の水害で亡くしたらしい。5歳だったと言う。働きもせずにぶらぶらしているのも、伯母と上手くいかなくなったのも、それが原因なのだろうか。伯母は伯父の造船所時代の後輩と暮らしているみたいだ。伯父はそれも見て見ぬふりをしている。
私は近所のスーパーでバイトを始めた。そこの年上の男にしつこく口説かれたので、なんとなく付き合いだした。特に彼が好きというわけじゃないけれど、セックスでもしていれば時間潰しにはなる。
「長崎の夏は暑いから」と彼に言われて、麦わら帽子を買った。その足で彼を連れて伯父の家に戻ると、伯父は外出中だった。断水していて、彼に出す麦茶すらない。居間で彼と寝転がってじゃれていたら、割れたガラスの破片が光って私を照らした。この街は、かつてピカーっと光ってすべてが無くなったと聞く。
「私も消えて無くなっちゃえばいいのに……」
やがて伯父は街中華の厨房で働き出した。そして、伯母とは正式に離婚した。伯母は例の男と別の街で暮らすらしい。彼女の去り際、
「安心して。おじさんの面倒は私が見るから」と言ってやった。振り返った伯母は何も言わず、ただ暗い顔をしていた。
その日、久しぶりに長崎の街に雨が降った。土砂降りだ。びしょ濡れになってタライに溜めた雨を伯父と二人で飲んだら、信じられないくらい美味しかった。
夏の終わりに、博多の男に騙された母が戻ってきた。次の男と今度はカナダで暮らすと言う。私も連れて来いと言われたらしい。彼女は都合の良いときだけ母になる。
長崎を立つ日、私は一旦乗ったタクシーを停めて、見送っていた伯父のもとに駆け寄った。頭に私の麦わら帽子を被せると伯父は掌をかざし、太陽の光を眩しそうに見て笑った。伯父の掌は、街中華の厨房で3本の指を欠損して親指と小指だけになっていた。
画像引用元 映画『夏の砂の上』オフィシャルサイト FASHION PRESS

