新書『22世紀の民主主義』(成田悠輔)
【無意識下の民意は正しいか?】
昨今のネット論客の中では、著者の成田悠輔氏がもっとも私の感覚にフィットする。彼が言うことには逐一、「そうだよね、その通り!」と賛同してしまう。
だが世の中の人からは(若い人も含めて)彼はあまり好まれていないようだ。それは彼が、この本の表紙の帯にもある「言っちゃいけないことはたいてい正しい」とばかりに、その言っちゃいけないことを口にするからだろう。ちなみに私の娘は大して頭も良くないが、成田氏よりも前に「ホントのことを言うと、たいていの人は怒り出す」と喝破した。
この本のテーマである「選挙による民主主義への疑問」も多くの人が認識しつつも、それを正しいこととして行ってきた手前、腹立たしい指摘だろう。彼はネット上でよく「選挙ほどコスパ、タイパの悪い行動はない」と言っているが、私も若い頃からずっとそう思っていた。たとえば、その政治家の10の政策のうち9には賛同するが、残り1つがどうしても譲れないとしたら、どうしたら良いのかと。
本書では、そうしたパフォーマンスの悪い選挙をどうすれば、より良い民主主義になるかについて思考実験をしている。
結論から言えば、選挙なんてやめて、ネット上にうごめく無意識下の民意を、アルゴリズムによって政策ごとに落とし込む無意識民主主義にしようと言うのである。そうすれば、政治家も官僚も要らなくなると。
政治の本質が利益配分──倫理的な価値観も含めて広義のそれ──だと考え、現代のテクノロジーと今後の発展を踏まえれば、それは恐らく可能だろう。
だが私が思うに、二つほど問題がありそうだ。一つは本書でも触れられている通り、いかにオープンで公正なアルゴリズムを作れるか。そこには必ず特定の誰かの恣意性が入る。その可能性を完全に排除することはできないだろう。
もう一つは本書にはないが、ネット上の無意識下の民意は本当に賢くて正しいのか、という問題だ。よく集合知などというが、名前も顔も分からない人々の(しかも無意識下の)意識に政治を任せられるのだろうか。
たとえば、この私。家のリビングのソファでスマホをいじっているときに、遠い国の貧しい人々のことやあらゆるマイノリティのことなど考えているかと言えば、はなはだ心もとない。
スマホを通してアルゴリズムはそれらの無意識を拾い上げるが、その結果利益配分や公共の福祉は歪められるだろう。
だがそれも、歪められれば人々の無意識下の意識もやがて変わっていき、長期的にみればより良い社会になる、ということなのだろうか。
先述の通り本書ではその辺りについての言及はない。シンパシーを感じる成田氏に是非訊いていみたい。

