News 2026.08.01
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小説『カチカチ山』(太宰治)

小説『カチカチ山』(太宰治)

【兎は美少女、狸は醜男】

皆さんは、昔話の『カチカチ山』を覚えているだろうか。

私の記憶は曖昧だ。たしか──悪さをする狸を兎が懲らしめるという噺だったような気がする。狸の背負った薪に火を付けたり、火傷した背中に唐辛子を塗り込んだり、あげくの果てには泥船に乗せて沈めてしまうというストーリーではなかったか。だが、どんないきさつで、狸がそこまでされるに至ったのか? その辺りの記憶が定かではない。

あらためて調べてみると、こういうことのようだ。畑を荒らしていた狸をお爺さんが捕まえて縛り付けておいた。お爺さんが出かけた隙に、狸はお婆さんをだまし縄を解かせて殺害した。そればかりか婆汁(って何?)にして食ってしまったのだとか──。

あまりに猟奇的なその所業に、子供に聞かせる噺としては相応しくないということで、話し手によってお婆さんを怪我させた程度にとどめる場合も多いようである。そんなこともあって、私の記憶も曖昧なのであろう。

さて、そんな噺を太宰治が換骨奪胎してみせたのが本作である。まず噺の冒頭で、「(前略)兎は少女、そうしてあの惨めな敗北を喫する狸は、その兎の少女を恋している醜男。これはもう疑いを容れぬ厳然たる事実のように私には思われる」とある。

太宰は、そもそもこの噺はやり過ぎだと考えていたようだ。お婆さんを怪我させたくらいで、ここまで陰惨に懲らしめる必要がどこにあるだろうかという立場である。仮に狸がお婆さんを殺して婆汁にしたとしても、「天誅!」と一太刀で報いるべきであったと言うのである。

兎の執拗な仕打ちには、年頃の美少女特有の意地の悪さが垣間見えると彼は主張する。たしかに、醜男が美少女に恋している前提の噺であれば、いろいろと座りが良いように思われる。

たとえば、背中の薪が燃えているのに気が付かないなんてことはフツー考えにくい。だが、想いを寄せている彼女を前にして舞い上がっているのだとすれば私もあり得なくはないと思う。また、火傷の患部に得体の知れない薬を塗られるなんて、その前に警戒するのが当たり前なのに、それをしないのは彼女の前で半裸になって妙なことを期待したからだろう(太宰はそこまで言っていないが…笑)。

そうした醜男の一つひとつの心持ちを美少女は見透かしているのである。見透かしたうえで、兎は狸をいたぶったのだ。

私も太宰に賛成で、やり過ぎだと思う。狸の一人として……。

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