テレビドラマ『向田邦子 イノセント 愛という字』(主演 原田美枝子)
【不倫の魅力は背徳感?】
こんなことを口にするのは本来なら厳に慎むべきだが、七〇年近い私の人生で不倫のようなものを経験したことが一度だけある。もう何十年も前のことだ。
イマドキは働いている既婚女性の4割以上が「不倫経験アリ」というデータもあるから、さして珍しいことでもなければ、声を潜める必要もないのかもしれない。だが、それだけに世の中には配偶者の不倫やパートナーの浮気に悩んでいる人も多いと聞くので、少しだけ言い訳をさせてもらうと、当時私は不倫をしているというつもりはあまりなかった。相手は既に別居して久しく、近く離婚手続きに入るとも聞いていたからである。
私の方は妻を亡くして暫く経っていたこともあって、わりと気軽に始めてしまったように記憶している。だが、さきほど不倫のつもりは「あまりなかった」と書いたように、裏を返せば「少しはあった」のである。
不倫の魅力というか、原動力は「背徳感」だとよく言われるが、私のあの時の経験から言えば、それは社会の道徳観に背きたいとか、ましてや相手の配偶者への後ろめたさの裏返しとかではなく(もちろん、それらもなくはなかったが)、つまらぬ日常からの解放感に近かったように思う。
さて、このドラマは人生の後半に差し掛かった専業主婦・夕子が、思わぬことから服飾デザイナーの新木と付き合うようになる。何不自由のない暮らしをしながらも、倦怠感溢れる毎日を過ごす夕子は、新木の示す彼女の知らない世界に、戸惑いながらも次第に嵌まっていく。
しかしあるとき、新木の妻を名乗る女から連絡を受ける。女は「近く新木の病理検査の結果が出る」と言う。そして、「白(良い結果)であれば、あなたが新木を引き取って。黒(悪い結果)ならば私が引き受ける」と申し出るのだった。
終盤、夕子は新木に言う。
「愛じゃなかったのかもしれない」
「そうかもしれない…。知っていますか? 『愛』という字は心が切なく詰まって足がおぼつかない様子を表しているって。喜びよりも悲しみを与えるものだって…」と新木は言って、二人は別れる。病理検査の結果は黒だったのだ。
私の不倫もどきも長くは続かなかった。当然だろう。あのときの私も彼女の悲しみまでを引き受ける覚悟などなかったのだから。
彼女もその後、元の鞘に納まったと風の噂で聞いた。
画像引用元 WOWOWオンデマンド

