映画「野生の証明」(主演 高倉健 薬師丸ひろ子)
【薬師丸ひろ子がオバサンになる間に……】
「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」
知る人ぞ知るレイモンド・チャンドラーの小説の主人公フィリップ・マーロウのセリフです。私がその本家本元を知ったのは、恥ずかしながらずっと後のことでしして、最初にこれに接したのはこの映画のキャッチコピーとしてでした。高倉健が演じた人間兵器ともいうべき主人公・味沢の強さと優しさに葛藤する姿も好かったけれど、このキャッチコピーがいたく気に入ったのを憶えています。
「俺は、これをこれからの生活信条にするよ」映画館を出たばかりで、興奮冷めやらぬ私は宣言しました。
「大袈裟ね。でもあなたの場合は、優しさが足りないのはたしかだわ。特にあたしに対して」
「馬鹿だな。本当の優しさというのは、本当の強さが無ければ出来ないことなのさ。味沢隊員のようにね」
あのとき以来、ずっとどこか頭の隅に置きながら生きてきました。実際にまずは強さだと、合気道に始まり少林寺拳法、気功、インド哲学、原始仏教などを経てブラジリアン柔術、総合格闘技といろいろ齧りました。というか、迷走しました。しかし結局ろくに強くはなれず、あげく大して優しくもなれませんでした。肉体と精神が強くなれば自ずと人としての度量が広がり、結果として他人にも優しくなれると思っていたのですが、そもそもその考え方が間違えていたのかもしれません。
映画を21世紀の今日観直してみると、いささか設定やストーリーに無理があることは否めません。しかしながら、人間兵器が人間性に懊悩するというテーマは後の米映画「ボーン・シリーズ」などの嚆矢となったと言っても過言ではないでしょう。
いずれにしても、味沢隊員役を務めた高倉健は既にこの世を去り、可憐な少女だった薬師丸ひろ子は立派なオバサンになって、青二才だった私は何者にもなれず爺イになりました。昭和は遠くになりにけり……とさ。
画像引用元 映画.com