映画「蒲田行進曲」(原作 つかこうへい 監督 深作欣二)
【ねえ、銀ちゃんってどんな顔してたっけ?】
40年も前の映画なので、もはや話の筋すらよく憶えていませんが、たしかうだつの上がらない大部屋の役者が、一世一代の危険な役「階段落ち」──坂本龍馬暗殺の場面で池田屋の階段から斬られた勢いのまま転げ落ちる──に挑む泣き笑いだったと思います。彼はとある上昇志向のスター俳優の取り巻きで、その男の子を身籠った女性を押し付けられますが、彼はお産費用を捻出せんとして、「階段落ち」を引き受け、見事に演じ切る──というようなストーリーでした。
登場人物の名前もあやふやなので、ウィキペディアで調べてみると……ふむふむ、大部屋俳優はヤス(そうでした、そうでした)、スター俳優は銀四郎(劇中でヤスが銀ちゃん、銀ちゃんって言ってたっけ)。銀四郎がヤスに押し付けた落ち目の女優は小夏とあります。
そんな記憶の彼方にあったこの映画の一コマを、先日まったく関係ない海外の小説を読んでいてふと思い出しました。その一コマとは、小夏がヤスと初めて共にした寝屋で「ねえ、銀ちゃんってどんな顔だっけ」と言ったシーンです。その海外小説でも似たようなくだりが出てきたのです。
当時あのシーンを観て、そうなんだよな、人の顔って深く関係しても後になると意外と思い出せないんだよな、と妙に共感しました。が、それと同時に、なんだ、女性の側もやっぱりそうなのか、と少々がっかりした覚えがあります(なんと勝手な野郎だったのでしょう)。
要は満たされているかどうかということだと思います。自分を満たしてくれる相手が目の前に居れば過去の異性の顔は見えなくなるのでしょう。そう言えば、当時私は結婚する直前でした。小夏もあの瞬間に満たされた、と原作のつかこうへいは表現したかったのだと思います。
ちなみに映画では監督が深作欣二、銀四郎を風間杜夫、ヤスが平田満、小夏を松坂慶子がそれぞれ務めましたが、映画とは別にテレビドラマでも同作品があって、それはつか自身がメガホンを取り、銀四郎を沖雅也(覚えている方がどれだけいるでしょう)、ヤスは榎本明、小夏を大原麗子が演じました。
今でいうLGBTの走りだった沖雅也が、その後まもなく「涅槃で待っている」との言葉を遺して新宿京王プラザホテルの客室から飛び降り自殺しました。そんなショッキングな出来事もあってか、私は個人的にはドラマ版の方が印象に残っています。今となっては、観ることが出来ないのがすごく残念です。
画像引用元 松竹