短編小説「ケアドール」(文芸誌『アンデル VOL.2』に収録) 森絵都
【私は要らない】
ざっくり言えば、こういう話だ。
主人公の高齢女性が実の娘からケアドールという介護人形──おそらくAIが組み込まれている──を贈られる。自在に声を発するものの、ロボットではなく只の人形に過ぎないようだ。女性は当初、機械に話しかけるなんて、と抵抗を感じながらも、直ぐにそれを良き相談相手として受け入れるようになる。だがその人形は、早期の遺産相続を狙う娘の意志がプログラミングされたものだった、という話である。
近い将来、あり得そうな話である。ひょっとしたら、このケアドールに相当する物やサービスは既にあるのかもしれない。
どうせAIなら表情のない人形などではなく、うら若い美女と(モニター越しで良いから)フレンドリーにお話ししたいものである。それも毎日違う相手──たとえば今日は北川景子風、明日は広瀬すず似、明後日は深田恭子…などと替えられたら、サイコーであるv(キャバクラか!)。
だが、少なくとも今のAIのように、私の言うことの何にでもヨイショしたり、おもねったりするのであればノーサンキューだ。キャバクラでもそんな女のコと話していてもあまり楽しくない。たまに自分の意見を言う時は、ありきたりで当たり障りのないことしか言わないのだ。
もちろん、そんなAIを絶賛する人間(あるいはキャバクラが大好きな人)も私の周りにはいるから、フツーはそれで満足するのかもしれない。
だが、私が生身の人間と話していて楽しいと思うのは、自分と多少の意見のズレがある場合である。大きくズレては喧嘩になってしまうが、少しの摩擦であれば、むしろ心地よい引っ掛りがあって会話を楽しむことができる。
それが愛し合う者同士なら尚更、長く一緒に居られる要素要因になると思う。何の衝突もなければ、上っ面を滑ってしまって直ぐに飽きてしまう。
ましてやAIは誰かの意図が組み込まれているのだ。キャバクラの女のコが経営者の方針を反映して喋っているように……。
もっとも、今の私はプライベートで話し相手が欲しいわけではないから、たとえ北川景子であっても私の意見を肯定ばかりされてもシラケる。かと言って機械に駄目出しされるのもカチンとくるから、やっぱケアドールなんて要らないや。

