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書籍『〈迂回する経済〉の都市論』(吉江俊)

書籍『〈迂回する経済〉の都市論』(吉江俊)

【迂回している?】

率直に言うと本書を読んで感じたのは、都市を外から眺めて、そこで起きている現象に観念的なラベルを付けていく立場の学問と、内側で無数の制約と格闘しながら空間を創造していく立場の実務との間には、絶望と言って良いほどの溝あるということだ。

たとえば著者は1章で、コロナ禍における郊外住宅地の道路の使われ方を観察して、ゲシュタルト心理学の「図と地の反転」が起こっていたと大仰に言う。つまり、パンデミック下において住宅地の奥まった細街路に行けば行くほど、屋外活動が活発に見られ、「地」のはずの道路が「図」として浮き上がったと。

しかし我々実務者からすると、何を今更と思う。我々は、最初から道路こそが図であると認識している。なぜなら、住宅地を計画する際には、まず道路を網として配置するからである。

そこでは、道路のヒエラルキーとして細街路になればなるほど、クルマ中心の交通機能を弱め、ヒトの活動空間としての役割が高まるように計画し設計する。そんなことは私が新入社員だった50年近く前から教えられてきたことだし、実際にそこに住む人々もずっとそのようにして使って来た。何もコロナ禍に始まったことではない。

また著者は、従来の都市開発──敷地の最有効使用を図って床面積を最大化させる──を「直進する経済」と位置づけ批判する。それに対し、利益の上がらない屋外空間や料金の発生しない共用空間を魅力的に整備することを「迂回する経済」と呼び、そうあるべきだと主張する。それによって、客単価が上がったり、リピーターが増えたりするかもしれないと。

そうした利益一辺倒ではなく、都市空間そのものの質を改善すべきだと言う著者の主張はもっともが、これもまた通常の都市開発でも、例えば足元周りの公共的空間を充実させることなどは一般的に行われていることである。

著者はさらに、それを補完する議論として、「コンサマトリー」「リフレキシビリティ」「コンヴィヴィアリティ」といった耳慣れぬ言葉でラベリングするが、正直分かりづらい。

そのためか、実践編で紹介されている事例では途端に失速しているように思える。これらが東京都心のような床需要の旺盛な場所で実践しているのであれば、「迂回する」の意味も分かる。だが、そもそも床を造っても、それに見合う賃料が見込めないところで、そこを埋めるためにやむを得ず安価で作った空間が迂回する経済なのだろうか? これらによって実際に客単価が上がった、リピーターが増えたと言うなら分かるが、これでは迂回になっていない──横道に逸れただけではないか。

いや、思うにこれらも見方によれば、「直進する経済」の一形態なのだ。直進する速度が著しく遅い、あるいは規模が極めて小さいに過ぎない。事業者は投資利回りに見合ったものしか造らない。要するに現状においてその見合った形が、その空間利用だったというだけのことである。そして、その「利回りに見合う事業投資」を投資をしない立場から批判しても詮無いことである。

その意味で、現行の都市再生特区や都市開発諸制度は、直進する経済の欲求を満たしつつ同時に、都市空間の質を高める現実的な解であるように思える。床需要のあるところでしか成立しないが、それもまた現実なのだ。

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