小説「レーダーホーゼン」(村上春樹:『回転木馬のデッドヒート』に収録)
【大人の男がはく半ズボンって……】
この「レーダーホーゼン」は、当館の前回の読書会で課題図書として取り上げました。内容としては、語り手(村上春樹?)の妻の友人が話す両親の離婚話です。
妻の友人が大学二年生のとき、その母親は一人旅をしたドイツで突然夫との離婚を決意します。それは、夫がみやげにドイツの吊り紐付き半ズボン(レーダーホーゼン)が欲しいと言ったことに端を発します。
レーダーホーゼンを買うなら誰もがあの店と言うので、母親は異国で慣れない電車を乗り継ぎ小さな町まで出向きますが、その店を営む老兄弟から本人が居ないと売れないと言われてしまいます。
「店の方針です。プリンシプル。我々はおみえになったお客様に体型に合ったレーダーホーゼンを実際にはいていただき、細かい調整をし、その上ではじめてお売りするのです」
母親は日本から遠路はるばる来たのだからと懇願しますが、ドイツの厳格なマイスターたる兄弟は頑として受け付けません。そこで彼女は、夫と同体型の人をその辺で探してくるから、と提案し何とか彼らを納得させます。
そしていざ探してくると、老兄弟とレーダーホーゼンをはいた疑似夫は何事もなかったかのように冗談を交わしながら、フィッテイングを進めます。その僅か30分ほどの間に、彼女は夫に対する耐え難いほどの嫌悪感が体の芯から沸き起こったのだと言います。
読書会では、参加した男性陣と女性陣で綺麗に意見が分かれました。男性陣が「何故?」と首をひねる中で、女性陣はこの母親の気持ちがよく分かると言うのです。
彼女らの言い分を聞くと、どうやらそれは「ダム理論」で説明できるように思いました。ダムに溜まる水のように静かに、しかし着実に嫌悪や憎しみが増していき、最後にこのレーダーホーゼンという一滴がダムを決壊させたのではないかと……。
しかしそれだけでは、この小説の最後で妻の友人が言う「ポイントは半ズボンにあるのよ」は理解できません。
そこで次に浮かんだのは、マイスター兄弟と半ズボンを履いた贋夫が和やかに笑い合い、そしてその間を友人の母親が右往左往するという構図です。それはつまり、原理原則を振りかざす社会と自分勝手でいい加減な個の象徴(かつては女性関係もだらしなかったという夫)との間を彼女は何とか取り持ってきたのに、社会と夫はごく自然に和気あいあいとやっている──、それで彼女は一気にシラケたのだというように聞こえました。
一部の男性陣は、最後まで納得いかない様子でしたが、独り身の私は何となく女性陣の言っていることも分かるような気がしました。
なぜって、大人の男がはく半ズボンって何処か間抜けですよね?

