小説『紗綾』(リシャール・コラス)
【レアケースには共感できないな】
表紙の帯に、フランスで文学賞「みんなのための文化図書館賞」を受賞したとある。それがどの程度価値のある賞なのかは不明だが、本邦ではこの小説はまったく評価されないのではないだろうか。少なくとも私は評価しない。
いや、まったくというのは言い過ぎかもしれない。フランス人の著者が自ら日本語で執筆したという点は評価すべきだろう。しかし、それ以外はやはり「まったく」と言いたくなるような作品である。
なぜか? 少なくとも我々日本人の一般的な感覚からズレているからだ。どこが? 二点ある。
ひとつは、リストラされた五〇絡みのオジサンが天使のように美しい女子高生から真剣に愛されるという設定である。
歳の離れた男女が恋愛関係になることがまったくないとは言わない。私とて70年近く生きてきて、何回か経験がある。しかし、いつだってそれは宥めすかして何とか維持していた関係だったように思う。
いくら若くても相手も馬鹿ではないのである。一時の気の迷いや好奇心からオジサンと付き合うことがあっても早晩、その関係に疑問を持つものなのだ。長くは続かない。ましてや、死を選ぶほど真剣に愛されることなど……。
フランス──いやもっと広げて欧米ではそうでもないのだろうか。たしかにかの地の小説や映画などでは、歳の差カップルの物語は多いように思う。たとえば、直ぐに思いつくのはフィリップ・ロスの小説『ダイング・アニマル』だが、あれも極東の小市民としては、にわかには信じがたい。多くは男の側の願望に過ぎないのではないだろうか。
もう一つ、我々の感覚とズレていると思うのは、リストラされ、再就職もままならないはずの中年男が突然、超有名ブランドの副社長に迎えられるという設定である。
もともと業界でも仕事が出来ると有名な人材で、単に上司との関係が上手くいかず、リストラされたというのなら分からないでもない。そうじゃなく、この男は直ぐに誰かと代えがきく、何処にでもいるオッサンだったはずだ。それが何故、ある日突然、好待遇の転職が可能になるのだろうか。
いや、仕事の出来る出来ないなど、見る人によって見方が変わるのだという指摘もあるだろう。もし、そうならばもう少し丁寧な説明が必要だろうし、その布石は序盤で打っておいてしかるべきだ。
要するに、この二点目も中年男の「こうあって欲しい、こうなったらいいなあ」という夢物語に過ぎない。
もちろん、絶対ないシチュエーションとは言えない。だが、やはりあまりにレアケースだと、人々は受け入れられない。えっ? 人々じゃなくてそれはお前の個人的なやっかみだろうって? まあ、そうかもしれないけどさ。

