映画『消えない虹』(監督 島田伊智郎)

【消えない虹があっても良い】
消えない虹などない。虹はきれいだが、必ずすぐに消えてどこかに行ってしまう──。
この話は少し複雑である。観始めて理解するまでにはやや時間を要する。主人公の月野木は新聞社で働くベテラン記者である。近く結婚を控えている。ベテランとはいえ、うだつは上がらず社内での発言力は弱い。彼は同じ団地に住む父子家庭の岡田の子どもたちを時々面倒見ている。
その岡田の長女・茜がある日、中学校で友達を校舎屋上から転落死させてしまう。地元で起きた事件であることから、月野木も事件の真相を取材する。その過程で、月野木は岡田に茜が14歳になっているかと尋ねる。この国では、事件当時14歳以上か否かが重要だと。14歳未満は刑事責任を問わないことになっている。
茜は、と岡田は絞り出すように言った。
「来週14歳の誕生日を迎えます」
尋ねた月野木にも実は暗い過去がある。中学生の頃、妹を自分の友達・薮田晃に殺された過去である。薮田も14歳未満だったことから、罪に問われなかった。その薮田は香川晃と苗字を変え、なんと茜に屋上から落とされた少女とは家族同然だった。少女の親が経営する小さな町工場に勤めているからだ。
つまり、薮田に妹を殺された月野木は20数年の時を経て、親しく面倒を見ていた茜の手を介して、今度は薮田が妹同然として可愛がっていた少女を殺してしまったことになる。実に複雑な物語の設定である。
だが、立場が入れ替わったようになって初めて、月野木は薮田のこれまでの人生を理解する。
殺意はなかったのだ。薮田も茜も。だが、人を殺めたという事実は消えない。事実は消えないが、罪には問われない。それはとりもなおさず、罪を償う機会も与えられないということを意味する。
その機会が与えられないまま、彼らはその後の人生を生きることを余儀なくされる。薮田のように。やってしまったことの代償とはいえ、苦しい人生に違いない。
それに比べ、薮田と同じような立場のはずの茜がラストで晴れがましい顔だったのは何故だろうか。あのあと、彼女は亡くなった少女の両親に会いに行って、謝罪をするのだと言う。おそらく激しく罵倒されるのだろう。それでも彼女にできるのは謝り続けることだけだ。そう覚悟を決めた笑顔だったのだろうか。
劇中で、登場人物の一人が薮田に言った。
「でも大丈夫だよ。悲しいことがあってたくさん泣いた後には虹が出るから」
悲しいことが長かった分、虹も長く消えずにいてくれるのかもしれない。
画像引用元 映画『消えない虹』公式サイト