映画「イエスタデイ」(監督 ダニー・ボイル)
【78歳のジョンが言いましたとさ】
しがないシンガーソングライターの主人公ジャックが交通事故に遭う。昏睡状態から生還すると、そこは誰もが皆ビートルズを知らない世界だった。そこで、ジャックは彼らの曲を自分のオリジナルと偽り、一気にスターダムにのし上がる──。
もしもこんなことが起こりえるのなら、私は誰になりすまそうかな。ビートルズを始めミュージシャンは駄目だ。なりすまそうにも歌は下手だし、楽器も弾けない。
だったらアインシュタインになりすまして、相対性理論を発表するなんてどうだろう。いや、駄目だな。知識がないから発表する論文が書けない。じゃあ、村上春樹にでもなってベストセラーを連発……も無理だ。粗筋くらいは憶えていても、個々の作品すべての文章を再現することなんて不可能だ。もちろん、大谷翔平になどなれっこないし……。
してみると、きっと私は何ものにもなれないのである。しかし映画はそれで良いのだと教えてくれる。劇中で78歳のジョン・レノンは言った。幸せになる方法は「愛する女に愛を伝え、嘘をつかずに生きることだ」と。主人公ジャックはジョンの助言を実行して、その後幸せに暮らす──。
「青い鳥」の噺にあるように、幸せはいつでも何気ない日常にある。でも、現実の世界では「愛する女に愛を伝え、嘘をつかずに生きること」が難しい。まず愛する女性に愛を伝えるのが難しい。一方的な告白はもちろん、愛し合っているはずの関係性においてすら、伝えられる側のタイミングと合わないと、往々にして悲惨な結果をもたらす。
「貴方、なにか疚しいことがあるんじゃないの? ヘンなこと隠しているでしょ!」と疑われるか、
「このヒト、とうとうアタマおかしくなったな」と思われるのが落ちである。
そして、嘘をつかずに生きることはもっと難しい。嘘をつかないというのは、ありのままの自分で生きるということだろう。たしかに、それができたらなんと幸せなことだろうか。しかし私たちは見栄や外聞や意地と無関係に生きることはできないのだ。それらに捉われて、つい嘘をついてしまう。嘘をつくから、その嘘を隠すために次の嘘をつく。
そんな具合で私は、誰にも愛を告げられず、毎日小さな嘘をつき続けて生きている。どおりで幸せになれないわけだな。
画像引用元 NME Japan