小説「おいしいごはんが食べられますように」(高瀬隼子)
【仕事してくれよ、会社なんだから】
この物語には二人の語り手がいる。一人は、会社では如才ない立ち回りをする独身男・二谷だ。彼は食べ物に対する執着がない。主食はカップ麺と言って良いほどだ。同じ会社の女子社員・芦川とつきあっているが、料理自慢の彼女の作る食事が面倒臭い。
もう一人の語り手は女性で、芦川の後輩社員──したがって二谷の同僚でもある──押尾である。彼女はできる女なので、仕事のイマイチな芦川が疎ましい。
そう、二人が物語るのは芦川のことだ。可愛い彼女は上司や同僚から愛されているばかりか、病弱であることを理由に忙しいときも残業を免除されている。そのお礼とばかりに、毎日のように手の込んだお菓子を作ってきては皆に配る。
そのお菓子を二谷と押尾は食べることなく密かにゴミ箱に捨てている。あるとき、捨てられていたお菓子が出勤した芦川のデスクに乗っていて──。
ニーチェは「弱者は攻撃する『前足』が弱いがゆえにこっそり『善良』と裏で手を結ぶ」と言ったそうだが、芦川は弱者を装っているだけのような気がする。その上で、善良と手を結んでいるように私には見える。
ゴミと化した彼女の作ったお菓子が自分のデスクに置かれていても、何食わぬ顔で平静を保つ強さはあるのだ。そんな彼女を押尾が嫌うのはよくわかる。私も押尾派だ。
「お菓子なんか要らないから、仕事をしてくれよ。会社なのだから──」
私だったら、そう思う。いや、まともな社員は皆、口には出さないもののそう思っているはずだ。
芦川は、そんな空気を感じないのだろうか。だとしたら、やはり彼女のメンタルは只者ではない。しかも「容赦なく可愛い」のだ。弱者なんかじゃない。むしろ最強である。
二谷は、これだけ価値観の異なる芦川と結婚するのだろうか。しちゃうんだろうな。私でもしちゃうと思う。