書籍「名波浩 夢の中まで左足」(名波浩 増島みどり)
【ファンタジスタは今でも必要ですか?】
拝啓
名波浩様
貴方に聞きたいことがあって、ご無礼と知りながら初めてお便りを差し上げます。
私が貴方を初めて見たのはおよそ30年前、ジュビロ磐田への入団会見のときでした。たしか、あのとき貴方はこんなことを言ったと思います。
「左の足元にボールがあるときはいつでも注目して欲しい」
ずいぶん思い上がった奴が入るんだな、と思ったものです。しかし、その後の私は貴方のプレイにどんどん魅せられていきました。というか、私はサッカーを観る楽しさを貴方から教えられたような気がします。
特に、2001年から02年頃の貴方はサイコーでした。チームも02年は年間3敗しかしないほどの圧倒的な強さを誇っていましたね(私自身はあの頃、仕事の異動先でくすぶっていてパッとしない毎日だったので、週末のジュビロの試合が、そしてそこでの貴方の活躍が唯一の支えでした)。
でも、そんな貴方の現役時代は必ずしも順風満帆というわけではなかったように思います。98年フランスW杯のアルゼンチン戦では、相手のバティストゥータにパスを献上して戦犯扱いされましたし、その後に渡ったイタリア・セリエAではあまり試合に出させてもらえませんでしたね(デビュー戦でバーを直撃した、あのシュートが入っていれば、その後の処遇がだいぶ違ったように思います)。
イタリアから帰国後も、リーグ戦やアジアカップでの大活躍がありながら、怪我によるコンディション不良によって02年の日韓W杯では代表に選ばれませんでした。あのとき、そのことについて記者団からコメントを求められた貴方は愚痴や言い訳を一切言わず、
「実力がなかったってことだね」
と一言だけ残して去っていきました。男はこうありたいものだと私は思いましたよ。
貴方が居なくなった後の日本代表の試合はすっかり観なくなりました。まさに名波ロス──。今でもジュビロ磐田は応援していますけど、貴方ほど入れあげる選手は未だ現れていません。
さて、前置きがすっかり長くなりました。冒頭で申し上げたように、貴方に聞きたいことがあります。最近のサッカーは求められる質が変わってしまって、もはやファンタジスタは不要とまで言われていますが、そうした状況をコーチとして日本代表に復帰した貴方はどう考えているのでしょうか? メディアを通してでも伝えて頂ければ幸いです。
寒さの厳しい折、どうかご自愛ください。
敬具