News 2025.04.24
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小説「穴」(小山田浩子)

小説「穴」(小山田浩子)

【不思議の国の「私」】

結婚してその家の嫁に入る、あるいは婿に入る──。最近ではもうこの「家に入る」などという感覚はないと思うが(私が結婚した40年以上前ですら既に薄れていた…)、何かの拍子にそれが表出する、いや、結婚とはそういうことなのだと思い知らされることはあるのではないだろうか。

たとえば、盆や正月などに配偶者の実家に行ったときなどだ。その家のしきたりや作法、ふるまいなどに有無を言わさず従わされ、大いに戸惑うことがある。家の数だけ異なる文化(=生活様式)があって、結婚というのがその異文化の衝突である以上、ある程度避けられないことなのだが、私はあれが嫌で仕方なかった。入り婿ではなかった私ですらそうだったのだから、嫁や婿の立場の方々は本当に大変だと思う。

さて、この「穴」という小説である。主人公の「私」は夫の転勤を機に夫の実家の隣に住むことになる。引っ越し後のある日、コンビニに行く道すがら彼女は川沿いで犬でも猫でも狸でもない黒い獣を見つける。その正体不明の獣を追って土手を降りていくうちに、思いがけず「私」は穴に落ちてしまう。

とはいえ大事に至ることはなく日常に戻るも、その後「私」は義祖父の珍妙で不可思議な行動を見たり、存在しないはずの夫の実兄に出会ったりする。しかし、それら(おそらくはこの家の恥部)について、彼女は夫や義母に問い質すこともできない──。

愚鈍な私には、黒い獣や穴の意味するところは分からない。が、分からないなりに考えると、これは一つの「不思議の国のアリス」──図らずも義兄が口にした──なのだろう。「私」が穴に落ちたアリスで、黒い獣は穴を先導するウサギなのだ。つまり、彼女にとって嫁ぎ先、すなわち夫の実家は不思議の国だったのである。

アリスが最後夢から醒めたように、おそらくこの後主人公の「私」も目覚めるに違いない。そして、引っ越し前の憂鬱な気分を思い出して、その憂鬱さが自分にこんな夢を見させたのだと自覚するのであろう。

ああ、結婚ってホントめんどくさい。今度生まれてくるとしたらしないな。

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