短編小説「マスクド・リリカ case1美しい家族」(山口未桜:GOAT Winter 2026に収録)
【ルッキズム批判の次は…】
ざっくり言ってしまえば、女性の顔を変える美容整形外科医の話である。
とある警察署の生活安全課の刑事二人が、中年男性・間島義彦から「失踪をした妻が顔を変えて他の男と暮らしているようだ。新興宗教も絡んでいるみたいだから、事件性がないか捜査して欲しい」と依願される。そこで彼ら刑事がまず目を向けたのが、水無月リリカという怪しげな美容整形外科医であった。
彼女のクリニックでは、顔が瓜二つの女性二人が受付を担当する。いや、彼女らが似ているだけではない。間島の妻の失踪後の顔ともそっくりだった。
私はそのくだりを読んで、さもありなんと思った。というのは私はかねて整形外科医も整形手術を施すに当たっては、きっと絵心みたいなものを必要とするはずだ、と考えていたからである。
その絵心は、たとえば同じ漫画家が描く主人公の顔はどの作品も似てしまうように、同じ整形外科医が執刀した顔は必然的に似た作風になるのではないか──。
私がそう思うのは、ある業界の女性がかなりの高確率で似ているように見えるからである。その業界では、女性が整形手術を受けて容姿を良くすることが常態化している。数年前に業界から引退した某女性が「体中、いじっていない箇所はない」と公言しているくらいだ。
私は、きっと業界御用達の整形外科医が居て、その人の絵心が同じ顔の女性を量産しているのだろうと邪推していた。しかし、この小説が示唆しているのは、整形外科医の属人的な作風や好みではなく、世間一般が求める平均的な美しさが同じ顔を生み出しているということだ。今ならAIがそれを提示するのかもしれない。そしてそれはいずれ一つに収斂していく。この小説に登場する何人かの女性たちのように。
物語は、実のところ間島は妻を束縛するDV夫で、水無月リリカは彼の妻を同種の美しい顔──没個性とも言える顔──に変えることで間島から守っていたというのがオチである(ネタバレでスマヌ)。
お隣、韓国では整形手術を受けるのはごく一般的になっていると聞く。本邦でもこの小説の女性たちや、あるいは私の知る某業界等に限らず皆が皆、整形手術を受けるような時代が来るのだろうか。その結果、皆が同じような美しい容姿を手に入れるとしたら、人は個人個人を何で識別するのだろう。
それぞれの性格や振舞いだろうか。そうなったら今度は、人を性格で判断するのはけしからん、などということになるのかしらん(間島のような性悪の束縛DV夫だったら言いそうだな)。

