書籍「適当教典」(高田純次)
【エロ話しかしない年寄りになりたい】
65歳になりました。もう立派なコーレーシャ、つまり年寄りというわけです。年寄りのやってはいけないこととして、この本の著者・高田純次は以前テレビ番組で、「説教、昔話、自慢話」をあげていました。これはホントその通りだと思うのでコーレーシャとなった以上、私も気を付けたいと思っています。
先日、ネットの動画を観ていたら、70代と思しき男性のコメンテイターが、司会の若い女性の「なるほどォ」と打った相槌に対して、
「目上の人間に対して、『なるほど』などと言うのは失礼だということを知らないのか!」
と一喝して、女性に謝らせていました。これなどは、年寄りのやってはいけないことの典型でしょう。
「なるほど」が目上に対し失礼に当たるだなんて、コーレーシャの私だって知りません。お前は無知だからと言われそうですが、おそらくそんな認識は今、日本語を使う9割以上(もっとかな?)の人が持っていないと思います。
言葉なんて時代によって意味合いや使われ方がどんどん変わっていきます。「なるほど」も昔はそうだったかもしれませんが、今はもう違う。なのに、昔のジョーシキを振りかざして説教するなんて──(やっちまってるなぁ)。年寄りは、今のジョーシキを知らないので、そのギャップに苛立ち説教をするのです。気を付けなければいけません。
続く「昔話、自慢話」は、多分に重なる部分が多いのですが、それらを封印するのは、「説教」を封印するより難しいと言えるでしょう。
年寄りは往々にして今の話題を提供することができません。そのくせ自分が脇に置かれるのは嫌なのでつい、昔俺はこうだった、こんなに凄かったんだと言いたくなります。しかも話の内容はいつも同じ。私自身も身に覚えがあります。しかし、それを聞かされる方はたまりません。そんなことに何の興味もないのですから。
高田純次は冒頭に触れた言葉に続けて
「だから俺はエロ話しかできない」
とも言いました。本書も人生相談本なのに、多くは下ネタ。いや、見習いたいものです。