News 2025.04.02
5/10(土)映画「カンタ!ティモール」上映会 開催します!
佐鳴湖近くの小さな図書館
BLOG

書籍「人類の都」(ジャン=バティスト・マレ)

書籍「人類の都」(ジャン=バティスト・マレ)

【仏を造って魂入れず】

手短に言えば、一世紀ほど前に世界平和を目的とした世界首都──「世界コミュニケーションセンター」という理想都市──を造ろうとして、夢破れた彫刻家とその義姉の物語である。物語と言ったがこれは実話、すなわちノンフィクションである。

そんなことを強調せねばならないのは、彼らの仕事の進め方がおよそ非現実的だからだ。控えめに言っても、かなり稚拙である。フィクションはおろかコミックのようだ。夢破れて当然である。

まず、「世界平和を実現する」というコンセプトは良いとして、そのためにはどういう機関が必要なのかを最初に考えるべきだろう。そして、それぞれの機関が機能するにはどのような人員や設備が要るのか、それに基づく床面積やそれを支えるインフラ、ひいては土地面積が必要になるのか等を積み上げねばならない。

そのうえで、どこにそれを造るのかの目星をつけ、用地費や建設費がおよそいくら掛かるのかを算出して、その費用をどうやって調達するのかを初期の段階で検討する必要がある。

そうしたことを全くせずに、ただ彫刻家ヘンドリックとその義姉オリヴィアは、やれ図書館が必要だ、美術館だ、スタジアムも必要だとハコモノを並べて夢想を膨らませるだけなのだ(その辺はどこかの市のお偉方と変わらない)。結果、その規模は東京・品川区がすっぽり収まる26万㎢に達したという。そこに何の根拠もない。

その設計を任された建築家エブラールは当然、専門家として

「常軌を逸している。このままでは実現しない」と主張するが、ヘンドリックとオリヴィアはまったく意に介さない。

にもかかわらず、彼らの妄想とも思える計画は、当時世界中の著名人から評判を博したと言う(100年前の人たちは皆バカだったのか、それとも単に無責任だったのか…)。世界平和に対する機運もあったのだろう。程なくして第一次大戦に突入したことを考えると、戦争への危機感の裏返しだったのかもしれない。

当然の帰結として戦火の中で計画は忘れ去られ、その後興味を示したのはムッソリーニやヒトラーといったファシストだけだったらしい。目的が世界平和だったことを考えると、笑えない冗談である。

ムッソリーニやヒトラーは、自らの力を誇示できる象徴的なものであれば何でも良かったのに違いない。

それはとりもなおさず、ヘンドリックとオリヴィアの考えた理想都市がハコを並べることに執心し、「仏を作って魂を入れず」だったからに他ならない。「世界平和、世界平和」と念仏だけ唱えていても、魂は入らないのである。

PAGE TOP