News 2025.11.20
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映画『真木栗の穴』(主演 西島秀俊)

映画『真木栗の穴』(主演 西島秀俊)

【木賃アパートの薄い壁】

主人公・真木栗は1か月後に取り壊しが決まっている木賃アパートに住む売れない小説家である。築40年の安アパートなので隣室との壁は当然薄く、漆喰の一部は剝がれ落ちている。おまけに二か所ほど小さな穴も空いていて、そこから隣人の様子を覗き見るのが真木栗の密かな楽しみである。

そんな真木栗に、ひょんなことから週刊誌に連載する官能小説の依頼が来る。官能小説など書いたことのない真木栗は困り果てた上に、隣室の様子──西隣に住むボクサーのSMプレイや、東隣に越してきた若い寡婦の痴態や昼下がりの情事など──をそのまま小説にする。

この映画の舞台はいつ頃を想定しているのだろうか。製作は2007年となっているが(主人公を演じる西島秀俊の若いこと!)、木賃アパートの造作や固定電話の形などを見ると、もう少し時代は古いように思う。

木賃アパートなどと言っても若い人には馴染みがないかもしれない。高度成長期に大量供給された木造の賃貸共同住宅のことである。多くの場合、炊事場やトイレは共用で、浴室などもちろんない。

私が上京したての頃(1970年代後半)に住んだのが四畳半一間のまさにそれで、共用の炊事場など当時でも気まずくて滅多に使ったことがなかった。次に住んだところは少し昇格して、小さな台所が部屋にあったから、真木栗のアパートと同じである。暗い屋内廊下の感じもよく似ている。その次に越したところはさらに昇格して台所・トイレが室内にあったが、相変わらず風呂はなく銭湯通いだったし、壁が薄くて隣人の生活音は丸聞こえだった。

その後10数年の時を経て……、当時付き合っていた彼女が住んでいたのは1DKのアパートだった。アパートと言っても、その昔に私や真木栗が住んでいたような薄汚いところではなく、小綺麗な鉄骨モルタル造で台所やトイレはもちろん浴室も部屋にあった。

だが部屋の壁は未だ薄く、夜になると隣室のカップルの喘ぎ声がよく聞こえてきた。

「あたしたちのも聞かれちゃってるのかしら…」と彼女が心配していたのを思い出す──。

映画の真木栗の住まいと同様、いわゆる木賃アパートはその後急速になくなったように思う。構造的にプライバシーを重視する現代人のニーズに合わなくなったのだろう。あれはいつだったか、仕事の用事で近くに行ったついでに、とっくに別れた件(くだん)の彼女のアパートを訪ねてみたことがある。

だが、あのモダンなアパートですら既になく、そこはオートロック付きの瀟洒なマンションに建て替わっていた──。

画像引用元 Cinema Factory

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