映画『夏目アラタの結婚』(主演 柳楽優弥)
【二重顎女と華奢な彼女】
この映画は一見サイコスリラーの体裁をとりながら、その本質は我々観客の「信じる」という行為そのものを揺さぶる実験のように思える。
東京都児童相談所の職員である夏目アラタは、連続バラバラ殺人犯・品川ピエロこと品川真珠によって殺された男性の息子から、「まだ見つかっていないお父さんの頭を探して欲しい」と頼まれる。
その息子は自らそれを探ろうと被害者の息子であることを隠して、拘置所にいる真珠と文通することに成功し、面会の申し出も受けてくれることになったと言う。たまたま家にあったアラタの名刺を見てその名を騙ったらしい。だが、小学生の自分が会えばさすがに嘘がばれて、真珠から父親の頭部の行方を聞き出せなくなると思ったようだ。
アラタが拘置所の真珠に面会に行くと、アラタを一目見るなり彼女は、「思っていたのと違う」と言って背を向けてしまう。そこでアラタは彼女を引き留めようと、とっさに
「俺と結婚しようぜ!」と叫ぶ。
そこから物語が展開していき、事件の真相が次第に明らかになっていく…、という映画である。
思っていたのと違う──、そう思ったのは、真珠だけではない。むしろ彼女を観た我々の方だ。
えっ? 逮捕されたときと全然違うじゃないか! 同一人物じゃないよね…。
あのときの彼女は、二重顎の太った女だった。ピエロの厚化粧をしていたので、素顔は計り知れない。だが拘置所の面会室で、ガラスの向こうに現れた彼女は華奢で可愛らしい女のコである。一点、梳いた歯が黄色く小汚いことを除けば……。
観ている我々は当然、別人だと思い、これはなにかあるな、と推測する。何らかの事情、あるいは手違いによって、犯人が入れ替わってしまったのだろうと。しかし別人だとしても、逮捕され身柄を拘束されているはずなのに──、どういうこと?
しかし映画は、そのことには一切触れず、よく分からないうちに、なんだか好い話っぽい感動物語で終わってしまう。唯一その意味を匂わせたのは終盤、殺人を犯すシーンでは華奢な彼女、その後バラバラに遺体を損壊させるシーンでは太った女へと入れ替わっているところだけだ。
深読みするとこの映画は、主人公アラタがこの得体のしれない真珠をどこまで信じられるかを試すものだったのだろう。いや、試されたのは観ている我々だったのかもしれないと思った次第。
画像引用元 映画.com

