映画『千夜、一夜』(主演 田中裕子)
【待ち続けるということ】
この日本では年間失踪者数が8万人を超えるのだそうだ。自殺者数が2~3万人で、交通事故死を大きく上回るというのは聞いたことがあったが、それをさらに凌駕する数字である。
失踪者と行方不明者はほぼ同じ意味あいのようだが、失踪という場合は本人の意思で行方をくらますという印象が強い。
映画は離島の小さな港町で毎日、獲れた烏賊を干物用にさばきながら、失踪した夫を30年間待ち続ける女性の話である。彼女──登美子は、カセットテープに収められた夫との何気ない会話をたまに聞く。仲睦まじい頃のたわいもないやりとりだ。それだけのために今でも古びたラジカセを捨てられない。
「ちょっと行ってくるよ」
そう言って、夫は出て行ったまま帰ってこなかった。
もちろん、失踪した理由は分からない。同じ境遇の奈美──もっとも彼女の場合はまだ2年だが──も理由を知りたいという。
そんな奈美に、登美子はぽつりと言う。
「帰ってこない理由なんてないと思っていたけど、帰ってくる理由もないのかもしれない……」
ましてや失踪した理由など──。
楽しく暮らしていたはずなのに、ある日突然、配偶者やパートナーに居なくなられるのはたしかに辛い。私の妻のように病死であっても(あらかじめその覚悟はできていたはずだが、それでも)辛い。交通事故などによる突然の死はもっと辛いだろう。
だが死別であれば、そこに明確な区切りがある。次の日からは新たな人生を歩き始めざるを得ない。それに対し失踪は区切りがつかない。ましてや本人の意思となると、残された者の思いはいかばかりだろう。登美子はその辺りを
「溺れたんじゃないか、いや女が出来たのかも。帰りたくても帰れないんじゃないか。やっぱりもう死んだんだ。いや、きっとどっかで生きている、って10秒ごとに気持ちがくるくる変わって……」と吐露する。
理由を追い求めれば結局、自分に問題があったのではないか、という自責の念に行き着いてしまう。苦しいに違いない。
奈美は、夫が戻ってきたにもかかわらず新しい男と暮らすようだ。一方、登美子は幼馴染の春男から求婚されるが、頑なに断り続ける。そして最後に春男の手を振り払い、
「もう来ない。誰も来ない。このままで良いのよ。今のままで良いの…」
と言って、ひとり浜辺を立ち去る。
若い奈美とは違う。望んだものではないが、それが登美子の人生だから──。
年間8万人の失踪者の帰りを待つ人たちは、いったい何人いるのだろう。彼らにもそれぞれの人生がある。
画像引用元 CINEMORE

