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映画『アンダーカレント』(主演 真木よう子)

映画『アンダーカレント』(主演 真木よう子)

【分かっていない人と暮らす方法】

フランスの思想家ピエール・バイヤールという人の著作で『読んでいない本について堂々と語る方法』というのがある。一言で言えば、「その本を読んでいる」というのはどういうことなのか、という本である。

最初から最後までページを順に繰れば、その本を読んだことになるのか。あるいは粗筋を言えたり、要約することが出来きたりすれば読んだことになるのか。それらは、ネット等で公表されている概要を読むのとどう違うのか。

もっと言えば、その本を出版するに当たり、何度も何度も読み直して推敲したはずの作者は、本当に「読んでいる」と言えるのか。逆にごく一部しか読んでいなくて、全体の概要など話すことは出来なくても、その本の核心を突くことができれば読んだことに値するのではないか。

つまり、「本を読んでいる」にもいろいろあるということである。その本を作者以上に読み解いている人と、1ページ目で読むのをやめてしまった人との間には、無数の「読んでいる」人がいる。

さて、この映画は「人を分かるとはどういうことか」がテーマである。

主人公かなえ(真木よう子)から失踪した夫を捜すよう依頼された探偵の山崎(リリー・フランキー)は、かなえの話を一通り聞き終えると言った。

「4年間交際して4年間結婚生活を送った貴方にはご主人のことが全部分かるんですか?」

かなえは憮然として「それはもちろん全部分かるとは言い切れません。でも少なくとも貴方よりかは分かっているつもりです」と答える。

「いいでしょう。……じゃあ、もう一つお聞きします」と、山崎は立てた指をそのままかなえに向けて言った。

「人を分かっているって、どういうことですか?」

日常的に顔を合わせ、よく知っているつもりであっても、その人のことを我々はどれだけ分かっているのだろうか。多少のプロフィールや普段の様子を把握しているだけで、実のところ何も知らないのではないか。知人・友人の類はもちろん、夫婦だって、家族だって例外ではない。

本の場合の作者は読んでいると言えるのかと同様に、我々は自分自身ですら自分のことが分からなかったりするのだ。私など自分が一番信用できない。何かの拍子に、思いもよらない自分の一面が顔を出して自分でもびっくりしてしまう。自分という本の中にさえまだ読み解けていないページがいっぱいあるのだ。

それでも人は寄り添って生きていく。読んでいない本であっても堂々と語ることができるとバイヤールが言うように、完全には理解できない他者と完全に把握できていない自分とが共にに生きて、関係性を築いていくことはできると思う。

画像引用元 映画の時間

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