映画『いつか読書する日』(主演 田中裕子)
【私には本があるから】
地方都市に一人で暮らす50歳の主人公・大場美奈子の毎日は早朝の牛乳配達で始まる。20年近く続ける美奈子の配達先には、高校生の頃に付き合っていた高梨槐多の家もある。だが、美奈子は意に介さず黙々と毎朝牛乳を届ける。
今ではもうすっかり見かけなくなった牛乳配達だが、20年前の映画だからこの頃はまだ残っていたのかもしれない。直接顔を合わせることはなくても、美奈子と槐多は配達される牛乳を通して、お互いの存在を感じている。
昼間はスーパーのレジ打ちをする。槐多が客として訪れることもあるが、滅多に視線を交わすことはない。夜、就寝前に本を読むのが美奈子のささやかな楽しみである。たまに亡き母の友人で作家の皆川敏子とビールを飲むこともあるが、「一人でも寂しくない」と言う。
槐多には病気で余命いくばくもない妻がいる。その妻は夫と美奈子が未だに惹かれ合っていることを知っている。彼女はその後、「自分が死んだら、遠慮することなく一緒になって欲しい」と、槐多と美奈子それぞれに手紙を書いて死んでいく──。
私の妻も病床にあった生前、
「私が死んだら、早く誰かと結婚して欲しい」
と言っていたそうだ。彼女の友人からそう聞いたことがある。
しかし私は、それをどう解釈したら良いのか、大いに困惑したのである。言葉の額面通り受け止めて良いものか、それとも真意は別にあるのか、あるいは……などと色々思いを巡らしたあげく、私が結論付けたのは「聞かなかったことにしよう」だった。
というのは、槐多と違って私には思いを捨てきれない昔の恋人がいたわけでも、今すぐに結婚したいと思える女性がいるわけでもなかったので、いくら亡き妻が早期の再婚を望んでもどうしようもないことだったのだ。
成り行きに任せるしかない──、そう思ったのである。焦って相手を探すでもなければ、一人で生きると決めたわけでもない。
結果として私は、以来再婚することなく独り身である。だが今、私は妻に心から言える。
「一人でも寂しくなんかない」
ネタバレになるがその後、美奈子と槐多は一度だけ結ばれる。しかし翌朝、美奈子の家を後にした槐多は思わぬことで水難事故に遭い、命を落とす。槐多の死に顔は笑っていた。
ラストで敏子から「これからどうするの?」と聞かれた美奈子はぽつりと答える。
「本でも読みます……」
私も読書する日々を送っている。
画像引用元 MOVIE WALKER PRESS

