映画『ある取り調べ』(出演 佐藤B作、中西良太、斎藤陽一郎)
【親族間殺人の深層】
この日本では、殺人事件の約半数が親族間で行われるという。その割合は諸外国に比べ、突出して高いらしい。
それは治安の良いことの裏返しとの見方もできるそうだが、やはり長い時間を閉じた空間で一緒に過ごすことによって感情がもつれ易くなるということを表しているように思う。いわゆる近親憎悪というやつだ。
さて、この映画に登場する人物はほぼ3人である。舞台もほとんど取調室のみ。それでも十分に見応えがあった。
登場人物の一人は五〇代と思しきベテランの刑事。うつ病の妻を持つが、仕事が忙しくてこのところ家に帰れていない。彼が主に取り調べを担当する。もう一人は中堅の刑事で、取り調べの様子を脇で記録する。彼も私用があるのに、帰ることができないでいる。そして、最後の一人が被疑者・松田である。病気の妻と二五歳になる障碍者の息子を殺したという。
松田は取り調べが始まるなり、罪を認め、「私は生きていてはいけない。早く死刑にしてほしい」と懇願する。終始項垂れ、刑事と目すら合わそうとしない。そうした松田の話を聞けば、前年の12月頃から妻が「死にたい」と繰り返すようになり、息子の世話ができなくなったので会社を辞めたのだという。
そこへ現場で捜査に当たっている刑事から一報が入る。
「息子の首を手で絞めた後、妻をひもで絞めたようだが、本人が死のうとした形跡は見当たらない」
松田の預金残高がそれなりあったとの報告もあり、ベテラン刑事の当て──会社を辞めたことで生活が苦しくなり、無理心中を図ったものと目星をつけていた──が外れる。
同時に観ている者は嫌な予感が頭をよぎる。しおらしい態度を取る松田だが、本当は殺人鬼としての裏の顔があるのではないかと。項垂れるその姿は刑を軽くするための演技ではないのかと。
だが続く取り調べの中で、それは邪推だと分かる。供述の不自然さからベテラン刑事が問いかける。
「本当は息子さんを殺したのは奥さんで、あんたはその奥さんに懇願されてやむを得ず手を掛けたのではないのかね」
そう言われて、松田は重い口を開く。
「あのとき久しぶりに、本当に久しぶりに妻が笑ったんです」
だから早く二人のもとに逝きたいのだ、と言う松田をベテラン刑事が諭す。
「あんたは、死なずに奥さんと息子さんのことを思い続けなければならない。それが二人が生きたことの証になるのだから」
冒頭で触れた親族間殺人の「感情のもつれ」は、憎しみに増幅することを前提に書いたが、そうではないもつれ──むしろ深い愛情や責任感、それらが絶望感と絡み合ったもつれもあるようだ。
画像引用元 映画.com

