映画「FALL/フォール」(監督 スコット・マン)
【1994年のフリーフォール】
高所恐怖症である。閉所恐怖症でもある。加えてヘビ恐怖症だし、地震恐怖症だし、他にもいろいろ……、要するにビビりなのだ。
学生時代に、エアコンの室外機取付工事の補助をするアルバイトをしたことがあった。親しい先輩から紹介されたバイトだったが作業員の隣で工具を手渡す程度の軽作業だと言うわりに、やけにいいバイト料(50年近く前で日給1万円を超えていたと思う)だったので、二つ返事で引き受けた。が、それが失敗だった。
初日からいきなり、ビルの4階の窓から出て外壁に設置された足場に立って、そこで室外機取り付け作業を手伝えと言われた。当時はまだ丸太足場で、命綱の装着もなかった。
マジかよ……と生唾を飲み込みながら、窓枠に立ってみたものの、足がすくんでそこから先に行けなかった。
「…ったく、しょうがねえなあ。じゃあ、そこから工具を渡せ」
と作業員に呆れられた。
二日目は何とか勇気を振り絞り、足場にまで出ることができた。だが、しゃがみこんで、足場の柱を抱え込んだまま立てない。下を見るな、下を見るな、と思いつつ何度も立ち上ろうとしたが、どうにもできなかった。しかし慣れとは不思議なもので、1週間も続けているうちに、足場の上に立つのはもちろん、ちょっとした作業ならできるようになっていた。
だからと言って、高所恐怖症を克服できたわけではない。それから時を経ること10数年、その頃付き合っていた女のコと後楽園ゆうえんちに行ったときのことだ。当時は未だ珍しかったフリーフォール系の絶叫マシーンに乗ろうと彼女が言い出した。ここで怖がったら男の沽券にかかわると思い(今と違ってそういう時代だった)、何食わぬ顔で「いいよ」と答えた。
落下する直前になって彼女が、怖いから手をつないでいてね、と言ったことまでは憶えている。次の瞬間……、それはあっという間に終わったのだが、マシーンから降りてみたら、彼女の掌が真っ赤になっていた。落下中、私はつないだ手を握りつぶさんばかりだったと言う。
「痛いって言ったのに! ビビり過ぎなのよ……」
と白い目を向けられた。
そんなわけで、この映画。いくら恋人の死を乗り越えるためだと親友に誘われたからって、何であんなバカ高いところに登らなきゃなんないの? 意味わかんないし…。
だが、その不合理は劇中で回収される。誘った親友としては、それなりの理由があったってことだ。理屈に合わないことの裏にはやっぱり何かある。あのバイト料が異常に高かったのに理由があったように。
この手の映画のお定まりのパターンとはいえ、これでもか、これでもかと高所にいる二人に困難が訪れる。その都度手に汗握ったし、彼女らが落ちそうな場面では座っていたソファに深く身を沈めた。
「あなたは落ちないでしょ。ビビり過ぎよ」
今もあのコが隣にいたら、馬鹿にするだろうか。
だから高いところは嫌いなんだよォ。
画像引用元 シネマトゥデイ