映画「視線」(主演 マイカ・モンロー)
【私は病んでいるの?】
夫の仕事の都合で、彼の祖国ルーマニアで暮らすことになった。ブカレスト──東欧のパリと言われ、古い文化を受け継ぐ美しい街だ。
私はもちろんルーマニア語を話せないし、聞き取ることもできない。でも大丈夫。彼がいるし、だいいち私はこの街に住むことをずっと楽しみにしていたのだ。なぜって、アメリカに居た時の私は肩書こそ女優だったけど、鳴かず飛ばずでぱっとしない毎日だったから……。
だけど、来る前に思い描いていたのと、ここでの実際の暮らしは少し、いやだいぶ違っていた。まず来て早々、近くで連続殺人事件──しかも猟奇的な事件だという──が発生していると知って心細くなった。意外と物騒な街みたい。
それと、言葉が通じないのはやっぱりいかんともしがたい──そう感じている。人と会話ができないから、夫が仕事でいない日中は孤独を感じざるを得ない。
それから、夫の親戚の手配で住み始めたアパートメントは大きな窓があって気持ちが良いのだけれど、そのぶん外からも見られている気がして何だか落ち着かない。特に私が気になるのは、向かいの建物の少し上の方に住む男だ。私が見上げると必ず窓際に立っていて、こちらを見ている。ほら、今日もやっぱり……。
夫に言ってみたけれど、まともに取り合ってくれない。無理もない。彼もこの地で新しい仕事に馴染むのに精一杯だから。毎晩会食だ、残業だと帰りが遅い。一番近くに居て頼りにしたいのに、一番遠い存在のように感じる。私の孤独は一層募る。
外出すれば、あの男に付けられている気がする。間違いない。やっぱりあの男だ。もしやあの男が例の猟奇的な殺人事件の犯人じゃないのかしら。こんなことを考える私は頭がおかしいのだろうか。
夫はそう言う。君の妄想だと。そうかもしれない。たしかに私は、言葉の通じない異国の街で孤独に苛まれ、いささか神経が過敏になっているし、論理に飛躍があるのも分かっている。その自覚はある。これを観ている貴方だって、きっと「この女は病んでいる」と思っているんでしょ?
でも私は確信している。あの男だ、絶対に。ほら、やっぱり……。
画像引用元 CINEMA MODE