映画「市子」(主演 杉咲花)
【300日問題って知ってますか?】
はい、私には戸籍がありません。
私は母が一人目の結婚相手と別れた後直ぐに生まれたらしいんです。「離婚後300日以内に出生した子は遺伝的関係とは関係なく前夫の子と推定される」というヘンテコリンな法律があるので、母は私がその人の子になるのを嫌がって出生届を出さなかったようです。
だから、私は6歳になっても小学校に行けませんでした。そのとき初めて、母から「おまえにはコセキがない」と聞かされました。もちろん、意味がよくわかりませんでしたがともかく、それまで一緒に遊んでいた友達が学校に行くのを尻目に、私は家から出ることを禁じられました。今から思うと、あの時点で私はこの世に居ないものとされたんですね。
はい、刑事さんのおっしゃるとおりです。私には3つ下の妹・月子がいました。月子は、母の2番目の結婚相手の子で、ちゃんと戸籍がありました。でも筋ジストロフィーという難病を抱えていたので、彼女もまた家で過ごすことしかできませんでした。だから、月子の存在を知る人はソーシャルワーカ―の小泉くらいしかいなかったと思います。
もちろん寝たきりの月子は就学時を迎えても物理的に学校に行くことが出来ません。物理的には行けるのに行けない私と、制度的には行けるのに行けない月子。そこで、母は私を月子の代わりに行かせることにしたんです。だから高校を卒業するまで私はずっと外では市子ではなく、月子と名乗らされました。
はい、生駒山から見つかったのは月子の遺体です。私が殺しました。母が仕事に行っている間に私が酸素吸入器を外したんです。母は帰宅後、死んだ月子を見て一言、「ありがとう」と言いました。
小泉を殺したのも私です。アイツは母ばかりか、成長した私の体まで求めるようになってきたからです。北君と北見さんを殺ったのも私。私はただ北見さんの戸籍をもらってフツーに暮らしたかっただけなんです。わかりますか? 刑事さん。
病気になっても保険証がないから病院にも行けない。運転免許も取れない。身分を証明するものがないからスマホを持つこともできない。銀行の預金口座すら持てない。もちろん、婚姻届けを出すことなんて……。
だから、義則から「結婚しよう」と言われたときには嬉しかったけど、ホントに嬉しかったけど、ああするしかなかったんです。これって、全部私のせいですか?
画像引用元 ぴあ映画