新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆)
【ノイズに答えがあるから読む人は読む】
最近の新書の中ではかなり売れた本だと聞くが、タイトルに惹かれて買うと後悔するだろう。この本に書かれているのは、主に明治以降の世相(とりわけ労働の実態)と本または読書との関係性及びその変遷だ。
もちろん本のタイトルに対する答えも書かれていないわけではない。その答えはこういうことらしい。全身全霊で働くことが求められる現代においては、仕事に手早く役立つ情報(ノイズのない知りたいこと)が得られるネットに依存し、ノイズのある知識が載っている本を読んでいる暇はない。だから、そんな暇が持てるような半身で働ける社会を築くべきだ──。要するに、著者が言いたかったのは本や読書のことではない。労働のあり方、社会のあり様である。
ところで、本書にもある「若者の読書離れ」という言説は昨今でもよく耳にするが、著者によるとそう言われだしたのは50年ほど前らしい。たしかに私が若い頃から言われていた。
では、それより前の人々はそんなに本を読んでいたのだろうか。現代に比べ娯楽の少ない時代だったから、本を買う人は多かったのかもしれない。がしかし、果たして読んでいたかどうかは疑わしい。
その時代に売れていたのは「○○全集」だというから、本書でも指摘するようにインテリアとして買われていただけで、ほとんど開かれることすらなかったのではないだろうか。少なくとも私の実家では応接間で埃をかぶっていた。
つまり、昔から本を読む人は限られていたと考える方が自然だ。働いている、いないは関係ない。この50年、私の周りを見ていても、いくら仕事が忙しかろうが読む人は寸暇を惜しんで読んでいた。どんな状況下でも読む人なら読むのである。逆に読まない人はいくら暇でも読まない。それだけのことだ。
日常的に本を読む習慣がある人は、実は5%程度しかいないと聞いたことがある。その割合は社会や労働のあり方が変わっても意外と変わらないのだと思う。
ノイズのある知識を求める人々は必ず一定数は存在する。私もその一人のつもりだ。そして、そのノイズの中に全身全霊で働く際の解毒剤があると思うし、全身全霊で労働しなくても良い答えがあると信じている。残り95%に対するアドバンテージもそこにある。

