News 2026.01.31
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小説『菜食主義者』(ハン・ガン)

小説『菜食主義者』(ハン・ガン)

【皆それぞれに壊れている】

本作は、韓国人で初めてノーベル賞を受賞したという作者の代表作である。3つの中編からなる連作小説なので、最初にある表題作の「菜食主義者」だけを読んでも理解しがたい。かと言って、三篇とも全部読めばすっきりするかと言えばそうでもない。

ただ、本作を理解するうえで韓国社会の現状を考えるのは助けになるかもしれない。我が国では合計特殊出生率が1.2を切ったと大騒ぎしているが(むろん大騒ぎすべき数値だが)、韓国のそれはなんと0.7を僅かに超える程度だと言う。韓国の少子化と、それに伴う人口減少のスピードは日本の比ではない。

日本より20年程度遅れて(だが日本を上回るスピードで)人口増加や経済成長を果たしたが、2020年以降は猛烈な速度でそれらの逆回転が始まっているようだ(経済は今のところ現状を維持しているが、早晩衰退すると予想される)。

問題はその速さだろう。遅ければ対応のしようもあるのに……ということだと思う。そのあまりに早い順回転から逆回転への変化が社会に、あるいは個々人に暗い影を落としているのではないか──。

本作に登場する家族は皆それぞれに壊れている。悪い夢を見て肉を食べられなくなった次女ヨンヘはもちろん、父親もヨンヘの夫も、姉もその夫も皆、それぞれに壊れている。

父親は高度成長期に人格形成を果たしたのだろう。その成功物語が彼を支えており、その価値観を子供たちにも押し付ける。そのためには暴力すら厭わない。ヨンヘに無理やり肉を食わせようとした場面に代表されるように。

だが、衰退期に向かう子世代は親世代の価値観を受け入れられない。将来に対する不安からか、自分を守ることで精一杯で、それぞれ徹底した個人主義である。自分の守り方もそれぞれだ。

ヨンヘは暴力的な現世の象徴である肉を拒絶して植物になろうとすることで自分を守ろうとする。ヨンヘの夫は世間体を気にして波風を立たせないことで、姉は責任を背負い込んで日常の体裁を保つことで、姉の夫は非現実的な領域に逃げ込むことで、と。そこに共有する価値観はない。バラバラだ。

したがって、親世代への理解はもちろん、子世代同士でも分かり合えないのだと思う。彼らは壊されないように藻掻きながら、壊れていくしかない運命にある。

徹底した個人主義はまた、家族に象徴されるような関係性を忌避し、少子化に拍車をかけるのだろう。かの国は、人口学者から「国家消滅の危機」にあるとされている。もちろん程度の差こそあれ、少子高齢化、人口減少に悩む我が国とて対岸の火事として笑ってはいられない。

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