小説「月の満ち欠け」(佐藤正午)
【私が科学を信奉するようになったワケ】
これまで再三言っているように私は科学至上主義者である。よって、この世は合理で成り立っていると考えているし、現代科学で説明できない事象もいずれは科学が解明するものと思っている。
そんな私だから、スピリチュアルなこと、オカルト的なことなど一切信じない。ましてやこの小説にあるような生まれ変わりの可能性など万に一つもないと考えている。子供ならいざしらず、大の大人がその手の話題を真剣に話しているのを見ると、「このヒト、大丈夫か?」と思ってしまう(個人の感想です。ピース)。
もっとも昔からそうだったかと言うと、実はそうでもない。以前は霊魂の存在も信じていたし、武道に励んでいた頃は「気」などという不可思議な力も信じていたのだ。それが、いつから科学至上主義になったか──。
妻が死んでからだ。
妻が若くして癌を患ったとき、主治医は手術執刀の直後、私だけにこう告げた。
「予想に反しリンパ節にまで転移していました。おそらくはあと3年前後でしょう」
以来私は、「癌が治る」と聞くものは、科学的根拠の有無にかかわらず何でも試した。東に食事療法で治す人がいると聞けば行って教えを乞うたし、西に気功治療の達人がいると聞けば妻に受けさせた。まさに東奔西走して、そのためにおカネも随分使った。もちろん神頼みもした。毎晩水垢離をしたし、お百度参りさえした。しかし、そうしたものは一切効果がなかった。まったく効かなかったのだ。
そして、最初に医者が言ったように、ちょうど3年で妻は逝った。それでも暫くは、妻が何らかの形で会いに来てくれるのではないかと期待していた。それはユーレイという形でも良かったし、生まれ変わりという形でも良かった。今から思うと滑稽だが、当時はそんなことを本気で望んでいた。
もちろん、そんなものは僅かな兆しさえ──かなり強引なこじつけをしようとしても──何ひとつなかった。私が科学だけを信奉するようになったのは、その頃からである。