テレビドラマ『フィクサー』Season1~3(主演 唐沢寿明)
【日本を乗りこなさなくても幸せ】
ピカレスクロマンという言葉がある。最近はあまり聞かないが、私が憶えているのは──たしか故松田優作の映画『蘇える金狼』の宣伝文句に使われていて、その耳慣れない言葉が当時酷く印象的だった。
検索エンジンのAIモードが言うには、「16~17世紀スペイン発祥の、知恵と才覚で生き抜くならず者(ピカロ)を主人公にした冒険・風刺小説」のことらしい。早い話がダーティ・ヒーローものだ。その立ち向かう先は世の中の既存の秩序というのが肝である。このドラマも、それらの系譜に連なるものに違いない。
松田が『蘇える…』で演じたヒーロー朝倉は巨悪と闘うが、彼の目的は巨悪と同様にカネ、地位、美女を手にすることだった。しかし、このドラマで唐沢寿明が扮する主人公・設楽拳一はかつて金融業で大儲けしたという設定で、既に大金持ちのようだ。
設楽も巨悪と対峙するが、決してやっつけたり、叩きのめしたりはしない。彼らと上手く付き合っていくだけだ。しかも、裏で動くことに徹して表舞台に立つことを望まない。地位などに目も留めないのだ。
おまけに美女にも目をくれない。少なくともドラマでは内田有紀が演じるニュースキャスターと親しい仲にありながら男女の関係にならない。うーむ、私には考えられない。
こうなると、設楽と関わる政治家もなかなか手に負えない。カネも要らない、地位も要らない、女も要らないのでは手懐けようがない。まったく食えない男である。逆に政治家たちは設楽の有り余るカネと才覚に絡めとられる。
だが、彼の一番の武器は度胸だろう。対峙する相手がどれほど高名な政治家だろうが、裏社会の実力者だろうが、決して臆することはない。
それは『蘇える…』の朝倉のような向う見ずの度胸とは違う。最初、設楽の度胸を支えるのはやっぱり財力かと思ったが、最終回を見る限りそれだけではないようだ。
彼の目的は「日本を乗りこなす」ことだという。最後に設楽はこう結ぶ。
「(なんでも)自分で決められることを幸せと呼ぶのだ」と。
──してみると私は今幸せのようである。日本を乗りこなしているわけではないが、分相応を知っているからかな…。
画像引用元 ぴあ映画

