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書籍「項羽と劉邦(上・中・下)」(司馬遼太郎)

書籍「項羽と劉邦(上・中・下)」(司馬遼太郎)

【立身出世に一番大事なこと】

五〇代半ばを過ぎた辺りから、かつての友人・知人がそれなりのメジャーな会社の社長になったという風聞に触れる機会が増えました。ああ、あいつならね、と納得することも多いのですが、

「えっ、あんな奴が?」ということもままあります。

あんな奴――と思うのは、私の知っていた頃の彼らがおよそ知性や教養を感じさせなかったからでしょう。彼らのうちの多くは本など読んでいるのを見たことがありません。

そのうちの一人Aは、前職の会社の後輩でした。Aは私より7歳ほど年下なので、同世代というわけではありませんが、当時は私も平社員だったので、よく若手社員の集まりなどで一緒に飲み歩いたものでした。その流れで、彼の家に泊ったことも何回かあります。最初に訪れた時にびっくりしたのは、彼の部屋の本棚に本が一冊もないことでした。

「いいんですよ、本なんか読まなくたって」と、そのとき彼は言い放っていました。

本書の劉邦にまつわる記述を読んでいて、あらためてAを思い出しました。そして、なるほど! そういうことか、と思えました。それは、人を惹きつける魅力です。Aは前述の通り、知性や教養には縁遠い人間でしたが――したがって、私の価値観からすれば唾棄すべき類の人間でしたが――決して憎めなかったのです。むしろ彼と一緒にいると楽しかったのでした。劉邦がそうだったように、Aもまた誰からも好かれていました。

そうしたAの強みが、転職先の組織で無用な敵を作ることなく花開いたのでしょう。彼に知性や教養は無くても周りが彼を助けたい、彼の役に立ちたいと動いてくれたのだと思います。組織の中で出世するのに最も大事なことかもしれません。あとは、ものごとの上っ面を滑るように立ち回る要領の良さでしょうか。よく「教養が邪魔して……」と冗談で言いますが、まさに教養がないからこそできることなのでしょう。

私はといえば、どちらかというと力で押す項羽タイプでしたが項羽ほどの力があるはずもなく、辺境の小国の一部隊長で満足したのでした。所詮どこまで上り詰めても、いずれ追われる立場であることに変わりはないのですから。

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