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書籍「旅に唄あり」(岡本おさみ)

書籍「旅に唄あり」(岡本おさみ)

【岡本おさみあっての吉田拓郎】

「眼の誕生」という知的好奇心をくすぐる本がある。それによると、およそ5億4300万年前、初めて眼を持った生物が誕生したのを機に「光スイッチ」が押され、今日地球上で見られる動物の原型が出そろったらしい。カンブリア大爆発というそうだ。

現代の日本の音楽シーンを考えたとき、私は吉田拓郎こそが光スイッチだったと思っている。彼の登場により和製ミュージックのカンブリア大爆発が起こり、その後夥しい数のミュージシャンが輩出された。

もちろん異論もあるだろう。岡林信康や高石ともやなど、それ以前にも功労者はたしかにいた。だが、世間一般に「唄は誰が作っても良いのだ」「楽器は誰がかき鳴らして良いのだ」と知らしめたのは、やはり吉田拓郎だったと思う。

私が彼を知ったのは中学生の頃だった。そのとき彼は「結婚しようよ」という曲を歌っていた。結婚は人生の一大事であるとする旧い因習を軽く受け流すような曲で、それが新しい時代を予感させた。

続いてリリースされたのは、

〽浴衣の君はススキのかんざし

で始まる「旅の宿」だった。前曲とは似ても似つかぬ曲調で、さすがに中学生には歌詞の描写はやや難しかったが、耳に馴染んだ従来の流行歌のそれとは全く異なる印象を持った。「作詞 岡本おさみ」とあるのを見て、これはきっと吉田拓郎のペンネームみたいなものなのだろうと勝手に解釈していた。

その思い込みは、程なく友人の指摘によって訂正されたが、吉田拓郎の曲調とよく合う岡本おさみの歌詞は、その後もずっと大好きだった。なかでも好きなのが、「祭りのあと」の

〽日々を慰安が吹き抜けて/死んでしまうに早すぎる

という一節。

あるいは「落陽」という曲の出だし──。

〽絞ったばかりの夕陽の赤が/水平線から漏れている

こんな描写は私が100万年考えても出てこないだろう。

本書は、岡本おさみが著したエッセイを集めて1977年に出版された本の復刻版である(岡本の生誕80周年となった2023年に刊行)。既に故人となっている岡本おさみが自らの歌詞に対する思いや創作の背景などを綴っていて興味深い。

例えば、「落陽」に出てくる

〽土産にもらったサイコロふたつ

の意味は、三つだとサイコロ賭博が出来て自分のように身を持ち崩す──だからやるな、という博打打ちの老人の優しい戒めだったとか。

吉田拓郎は確かに光スイッチだった。だが、そのスイッチを押したのは岡本おさみだったのかもしれない。

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