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書籍「倭国  古代国家への道」(古市晃 著)

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【森の中から手を振る人よ】

私は天皇制否定論者ではありませんし、特に左翼思想が強いという自覚もありません。ただ子供の頃から素朴な疑問として、「あの人たち──正月になると森の中から手を振る人たち──って、いったい何なのだろう?」と思い続けてきただけなのです。しかし63歳の今日まで、誰一人としてその疑問に正面から答えてくれる人はいませんでした。

あの人たちを眼前にするとひれ伏す人もいれば、感極まって涙する人さえいる──なぜなのだろう。戦前は現人神(あらひとがみ)として奉られていたと言いますが、まさか本気で高天原(たかまがはら)の神々の子孫だなんて信じていたのでしょうか。ましてや21世紀の現代において、そんなことを信じる人がいるとは思えません。

そもそもあの人たちは、いつ頃からあの人たちなのでしょう。そして、あの人たちのもともとの正体は一体何なのでしょう。これらの疑問に対し、本書はある程度答えてくれたように思います。

どうやら、天皇の名をかたり出したのは七世紀後半らしいのです。ということは、大化の改新から壬申の乱があった頃でしょうか。それまでは倭王(卑弥呼にも送られた中国が認めた王号)という王族だったのですね。その倭王が中央集権的に、この国を治め出したのは六世紀からで、それより前は「暴力的に圧服するだけの実力は持っていた」が、必ずしも絶対的な存在ではなく、不安定で流動的だったのだとか。

やはり、当時の人々を暴力的に支配していた人たちではあるようです。まあ時代が時代ですから、当然と言えば当然ですね。しかし、ここで次の疑問が湧きます。

暴力による支配は次の暴力に取って代わられるのが世の常ですが、なぜあの人たちに限ってあの人たちのままでいられたのだろうか──。例えば、六世紀に興隆したという蘇我氏はなぜ倭王にならなかったのでしょう。未だ氏族と王族の境は曖昧だったはずです。

本書によると、倭王には呪術的な王(葬送儀礼の代表者)としての側面があったらしいのです。シャーマン的な存在だったと指摘する向きもあります。卑弥呼も卜(ぼく)術という占いが得意だったそうですから、十分にあり得るように思います。今の世の中なら呪術や占いで人心を惑わすなど、とんだイカサマ野郎ですが、科学が未発達だった当時ではむべなるかなといったところでしょうか。つまり、ハードとしての暴力とソフトとしての呪術──その二面性によって人々を支配したのでしょう。

その後、ハードは他の者や組織に取って代わられても(事実、中世から近現代に至るまで様々代わってきました)、ソフトが効いている限り、不可侵の存在足りえたのではないでしょうか。そしてそのソフトは21世紀の今日まですり込まれてきた──というのが、本書を読んだ時点での私なりの答です。もちろん、実に個人的な見解に相違ありませんし、あの人たちを貶めるつもりなどあろうはずもありません。

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