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小説「潮騒」(三島由紀夫)

小説「潮騒」(三島由紀夫)

【ラストに表出した人間の本質】

絵に描いたような純愛物語である。ハッピーエンドだし、何も引っかかるところのない、つるっとした印象の話だ。そう思いつつ、本を閉じようとした──、その瞬間にそれは目に飛び込んできた。

少女の目には矜りがうかんだ。自分の写真が新治を守ったと考えたのである。しかしそのとき若者は眉を聳やかした。彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた。

この小説の最後の一段落である。「あの冒険」というのは、若者(新治)の乗り込んだ機帆船が台風に遭遇した際、荒れる海に飛び込んで船を守るための命綱を浮標に繋いでくる役目を彼が買って出て、見事それを果たしたことをいう。その時の働きを、少女(初江)の父親・照吉は認めて、それまで反対していた二人の仲を許すのだった。

メデタシ、メデタシ──とはいかない。なぜなら、フツーの恋愛モノであればここは、女は男の力(勇気ある行動)に惚れ直し、男は女の献身に感謝する、となるはずだからだ。ところが、彼らはそれぞれ自分のことしか考えていないのだ。

私はここを読んで、映画「卒業」(主演ダスティ・ホフマン  1967年)のラストシーンを思い出した。あれも、結婚式場から花嫁を強奪したまでは良かったが、そのあと乗り込んだバスの中では二人はまるで違う方向を見ていた。

思うに、作者はこの最後の一段落を書くために、この凹凸感のない(もちろん、相応の紆余曲折はあったにせよ)純愛物語を書き進めてきたのではないだろうか。私は、この一段落や映画「卒業」のラストに若者の──いやひょっとしたら、すべての人間の──本質が如実に表れているように思うのである。

 

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