小説『近畿地方のある場所について』(背筋)
【とれたミニーマウスの目】
この小説とは関係ないとは思いますが、これは私が●●●●●のマンションに住んでいた頃の話です。
ちょうど下の子が生まれたばかりで、夜泣きが酷いからと妻は私が休む寝室とは別の部屋──廊下を挟んだ反対側の和室──で、上の娘と三人で寝ていました。家事も育児も夫婦平等にという現代ではアウトかもしれませんが、40年近く前のことなのでご容赦ください。
ある週末のこと、私が夜遅く酔っぱらって帰宅すると、妻たちは既にその部屋で寝ているようでした。私はちゃちゃっと風呂に入って、いつものように寝室のダブルベッドに一人横たわりました。そうして雑誌か何かを読みながら眠気の訪れるのを待っていたように記憶しています。
郊外のマンションなので、ふだん夜中は物音一つ聞こえません。実に静かなものです。そろそろ寝ようかと灯りを消そうとしたその時でした。
「〇$▲&#◇%◎¥!……」
と、何やら意味不明な声がぼそぼそっと聞こえてきました。向こうの部屋の誰かが寝言でも言ったのだろうか? それにしては誰の声にも似ていなかったような気がする。何だろう。なんかの聞き間違いだろうか、空耳? などとあれこれ考えていると、
「〇$▲&#◇%◎¥!……」
と、今度ははっきりと聞こえました。ええ、あれは絶対に私の家族の声ではありませんでした。私は総毛立ち、布団を頭から被るようにして無理やり眠りにつきました。
翌朝、起きると妻と子供たちは、もうリビングにいるようでした。そうだ、と私は前夜のことを思い出して、妻たちの寝ていた部屋に入ってみました。誰もいないその部屋は特に変わったところは見当たりません。やっぱり、気のせいだったのだ。そう思って部屋を出ようとしたら、なんだか視界の端に違和感を覚えました。
そこに視線を向けると、その違和の正体はミニーマウスの人形でした。娘のおもちゃ箱にあった彼女のお気に入り、ミニーマウスの目が片方だけ取れていたのです。
背筋の凍る思いで、「おーい、このミニーマウス、いつからこうなったんだ?」とリビングの妻に声を掛けました。
「あら、起きたの。何? 大きな声出して」
「いや、ミニーマウスの目……」
「やだ、壊したのね?」
「俺じゃないよ。いつから……」
「昨日、あの子と寝る前に遊んだ時にはちゃんと目はあったわよ。怒るわよ~、あの子」
「だから俺じゃないって」
それでも娘に嫌われたくなかったので、私は急いで瞬間接着剤を使って取れた片目を貼り付けました。しかし、微妙に位置がずれたのか、それとも角度が僅かに違ったのか、どこかミニーマウスの表情が変わってしまいました。笑っているはずのそれは、何やら不気味な顔になったのです。娘も感じるところがあったのか、程なくそれで遊ばなくなりました。
あの声とも思えぬ声とミニーマウスとの関係は今もって分かりません。ただ、私の妻はその数か月後に死病が見つかり、数年後に死にました。
この小説も●●●●●の話だったので、また表紙の帯に「新しい情報を…」とあったので、関係ないとは思いましたが急ぎペンを取った次第です。

